カラカラ、と元気なさそうに扉が開いた。雪と揃って振り向けば、息を切らしてこそいないものの、焦燥を露わにした白銀が立っていた。

 白銀は静かに入って来たけれど、その銀髪だけで病室の人々を脅すには十分だった。先に病室にいた私と雪の姿なら何の問題もないし、寧ろご老人の方々からは「友達のお見舞いに来る良い子」と温かい目で見守られていた。だが白銀に向けられるのは「まさか、加害者……」という疑いの目だ。

 ただ、白銀はそんな視線に気づかないほどに、横たわっている榊のことしか気にしていなかった。

 近寄って来た白銀に気付いた榊は目だけを向ける。怪我のせいで首が回らないからだ。


「哲久……」

「聞いた。相手は麒麟だな」


 腫れあがった顔のまま、榊は頷いた。白銀は私の隣にある椅子にドカッと腰を下ろし、苦々し気に舌打ちした。


「注意した矢先にこれだ……守ってやれなくて悪かったな」

「哲久が謝ることねーよ。俺が勝てなかっただけだからな」


 榊の顎はやはり控えめにしか動かず、怪我の痛々しさが伝わってきた。


「どうやってやられた?」

「どうも何も……挨拶代わりに後ろからボッコボコだよ」


 溜息を吐くのさえ億劫だとばかりにその表情は歪む。


「所詮は伝統もくそもない新設私立……喧嘩のマナーもなってねぇ」

「金もあるしな。ろくに逆らう相手もなしでやってきたんだろうぜ」

「喧嘩の義務教育受けてないヤツが喧嘩すんなってんだ。くそっ」


 不意にベッドの中から目だけが動き、雪を見る。雪は静かにその双眸(そうぼう)で見つめ返したけれど、榊は何も言わずに私に視線を移した。


「……気をつけろよ、氷洞。女子がやられたって話は上がってきてねーけど、女子だから上がってこねー話もある。仮に本当にないとしても、お前は青龍に出入りしてるから。狙われねぇようにな」

「ありがとう。気を付ける」

「……暗くなる前に帰れよ」

「今が何月だと思ってんだ、まだ五月だぞ。危ないほど暗かねーよ」


 でも病人相手に気を遣わせんのも悪いな、と続け、白銀は立ち上がった。滞在時間は僅か数分だけれど、それで十分だったようだ。ただ、「あ」と小さく声を上げると、思い出したようにカバンからミルクティーの缶を取り出し、一緒にミニストローが数十本入った袋をベッドの脇に置く。缶飲料を飲むには頭を後ろへ逸らさなければならず、首に負担がかかるからだ。

 絶妙すぎる気遣いに、榊は小さく笑って「じゃーな」と白銀の背中に声をかけた。クールな外面白銀は、病室のその他の患者さんが恐々と見守る中を無言で出ていった。

 私達もそれに続こう、と立ち上がると。


「白鴉」