心優しく性格も良い花岡は「えっ」とでも聞こえてきそうな表情で固まった。何気なく口にしたその台詞が口にしてはいけない話題だとは思いもよらず、といった様子だ。当然だ、みんなが空気を読んで言わないようになってるだけで禁句でもなんでもない。

 最初に咳ばらいをしたのは羽村だ。


「えっと……俺が言いたかったのは氷洞は随分適当な理由で断ったよなってことで……」

「な、なるほど! あれっすね、好みじゃないとかそういう理由を付けたほうがよかったと!」

「そうだな、玄武は真面目過ぎるからな、ちょっと不真面目なくらいが丁度いいかもな!」

「そっすね、ま、玄武は偏差値高いだけだし! 喧嘩もできてこその頭脳派みたいなヤツのほうが──」


 鵜飼先輩の相槌に頷こうとした羽村は“頭脳派”と言いながらうっかり雪に視線を向けてしまった。お陰で今度は羽村が凍り付く。

 そして、全力で気を遣われている白銀は膝の上で腕を組んで俯いたままだ。雪と私以外の誰もが固唾をのんで様子を見守っていれば、ややあって白銀の口がゆっくりと開くのが見えた。原因を作った花岡の喉は緊張で上下する──。


「とりあえず、この話題はそういうことで」


 が、白銀は精一杯のクールな笑みを浮かべながら顔を上げた。ひきつる頬はご愛敬、花岡はシャキッと背筋を伸ばし、「さすが動じない白銀先輩!」と言わんばかりに目を輝かせている。


「青龍内は恋愛禁止なんだからな。この間ここに入ってきた遊佐といい、くれぐれも気をつけろよ」

「はい!」


 そのまま花岡は従順に頷いているが、白銀の横顔には「なんで氷洞と雪斗は噂されるくらい仲が良いのに俺だけは」と長々とした哀愁が書いてあるように見えてならなかった。きっと雪にもそう見えているんだろう、にやにやと底意地の悪そうな笑みを浮かべている。


「それから、最後にもう一つ。これは特に一年にしっかり伝えておいてほしい」


 一見緊張感の漂う、それでいて内実は非常に馬鹿げているこの会議の中──不意に、白銀は改まって告げた。


「──麒麟(きりん)についてだ」