雪は手すりを掴んで屈みこんでいた。ふーん、とその眼鏡の奥で平淡な黒い瞳が、降壇する白銀を見ている。白銀は新入生の視線を集めながら体育館のど真ん中を歩いているところだった。体育館の入口兼出口は、ガラガラッとひとりでに開いたかと思えば、青龍チームの面々が道を作るように二列に並んで待ち構える。その中心を歩く白銀の学ランが──青い龍の刺繍と“百一代目”という文字の刻まれた長ランが──狙ったように翻った。今日はいい天気だし、逆光も相俟って新入生からはさぞかし格好よく映るんだろう。


「雪も行くでしょ、本部。白銀が会いたがってた」

「さて、どうしようかな」

「早速訪ねてくる新入生もいるかもしれないし」

「それは流石にいないだろ。彼方先輩じゃあるまいし」


 彼方先輩は、百代目になるべく入学した。だから誰かに盗られる前に──つまり入学式のその日に──九十九代目に喧嘩を売った。


「確かにあの人は……色々違うもんね」

「でも哲久が寂しがってるっていうなら行くか。ナンバーツーがいつまでも風邪引いてるなんて恰好悪いし」

「それはいいけど、白銀の相手してあげてよ。今朝も色々と雪と私のことで喚いてたし」

「んー……」


 返事なのかなんなのかよく分からない声を出した後、よっこいしょ、と雪は立ち上がった。すらりと細く背も高く、雪は私を二十センチ近く上から見下ろす。ふふ、と雪は笑いながら私の頭を撫でた。


「……何」

「ううん、なんでも」

「言っとくけど雪が大きいだけだから。私の身長は平均より高いから」

「そうだっけ」

「そうです」


 踵を返し、カタン、と階段に続く扉を開く。扉のガラスに映った背後の雪は、また新入生を見下ろしていた。式自体は、教頭が「えー……、では続きまして、祝電の披露に移ります……」と仕切り直そうとしている。ややしどろもどろとしているのは、多分あの教頭が去年赴任してきたばかりで、去年の桐椰先輩の挨拶はちゃんと式の予定に組み込まれていたからだ。校長先生と市長は「今年もやりましたねぇ」とでも聞こえそうなくらい和やかに笑っている。それを見届けてから一階に降りて、教頭の背後の扉から静かに体育館を出る。不慣れな教頭は一瞬言葉を切って私達を振り返ったけれど、何も言わなかった。