体育館の二階から入学式の様子を見降ろしながら、そんな桐椰先輩の話を思い出してしまった。あの先輩は女好きでさえなければ本当に何の問題もない先輩なんだけれど、それは取り敢えずどうでもいい。今青龍を務めるのは、体育館の舞台に潜む銀髪だ。今年も例年通り、校長の挨拶、PTA会長の挨拶、市長の挨拶、と内容の違いもよく分からない有り難いお話が連綿と続く中、その銀髪は自分の出番を見極めるべく潜んでいるのだ。ふぅ、と呆れたような溜息を吐いてしまうと、隣からクスッと笑われた。


「……なに、雪」

「子供のお守りしてるみたいな顔だなぁって」


 声の通り、雪は笑っていた。中性的な顔立ちで、そんじょそこらの女になら余裕で勝てる美人。白銀とは真逆に真っ黒い髪で、黒縁眼鏡をかけて、黒い目で、それでもってうちの高校が学ランなせいで全身黒ずくめ。挙句の果てに苗字が烏丸(からすま)ときた。それなのに名前は雪斗(ゆきと)。少しは苗字とのバランスを考えろよ、と本人も親に零したことがあるくらいだ。そんな雪の前でもう一度溜息を吐いてみせる。


「実際そうでしょ。誰もが憧れるその背中、なーんて囁かれる銀狼兼青龍のくせして中身はあのヘタレだよ」

「まぁね。でも京花(けいか)には心を許してるからあの本性を見せるわけだし」

「見せてる、からなに?」

「……いや、なんでも?」


 意味深な言い方に怪訝な声だけを向ければ、雪は含みのある笑みを浮かべるだけで何も言わない。いつものことなので問い質すことはなく、挨拶のために登壇している大人に視線を戻す。あの髭を蓄えたおじさんが一体誰なのか、司会を聞いていなかったせいでよく分からない。


「で、哲久はいつ出るの?」

「さぁ……確か祝辞の前らしいけど……」


 そもそも今は入学式のプログラムのどこなの、と雪に目だけで訊ねるけれど、雪は肩を竦めるだけだ。雪は、見た目だけはすごぶる優等生だけれど、中身はそれほど真面目ではない。下手をすれば中身がヘタレで教師に注意されると内心びくびくする白銀のほうが真面目かもしれない。