「じゃ、香菜、また明日」

「じゃーねー」


 ヒメがさっさと帰宅を決め込むのを見届けて、私は急いで生物教室に向かう。勢いよく扉に手をかけると、ガチャガチャと鍵が閉まっている音がするだけだった。しゅん、と項垂れて、仕方なく扉の前で座り込む。生物教室のある校舎は他の校舎より涼しいから、待っていても汗をかく心配がないのは安心だった。


 それからほんの数分後、廊下の端に人影が見えて、生駒先生が少し速足で来るのが見えた。


「有島さん、ごめんね、遅くなって」


 生駒先生は慌てて生物室の鍵を開ける。私はぶんぶんと首を横に振って答えることしかできなかった。生駒先生は筆箱と生物の教科書を持っていた。


 冷房というよりは、生物教室特有のひんやりとした空気に体が包まれる。少し広い空間だけれど、これから生駒先生と二人になれるなら細かいことは気にならなかった。先生の座る場所が分かった後でその隣に陣取ろう、とわざと扉前で立ち尽くしていたら──先生は教壇の前に立った。


「有島さんが言ってくれてよかった。ちょうど、他にもプリントの分からないところがあるって言ってた子がいて」

「え!」


 とんでもない誤算に、私は今度こそ本気で扉前で立ち尽くした。そんな私の反応に、生駒先生は目を丸くする。