「先生、あの、ここ、分からないところあって」
「ん? どこの問題?」
「ここからここまで全部」
「え、えぇ? 全部?」
ちょっと困った顔をしてみせた先生は、黒縁眼鏡の弦を指でつまんで、まじまじとプリントを見る。遅れて出したプリントは、右半分が空白だ。
「教えてあげたいんだけど……昼休み、終わっちゃうなあ……」
「じゃあ……放課後とか……」
「んー、いいんだけど、予備校の時間とか大丈夫?」
「だいじょーぶ、です」
「んー……分かった、じゃあ、放課後に、生物教室でね」
これで解決だね、そう言わんばかりの先生に、私は内心狼狽《うろた》える。昼休みはまだあと五分ある。
「あ、あと……えっと、その、私、生物が、すごく苦手で……」
「うん?」
「……どー、したら……できるようになるかなーとか……」
「んー、そっか、今年受験だもんね、不安になるよね。じゃあそういう話も放課後にしようか」
違うよ、先生。そうじゃないよ、先生。昼休みはまだあと五分もあるんだよ、先生。
「……はい」
でも、これ以上、何を話せばいいのかもわからなくて、しおらしく項垂れてしまった。
教室に帰ると、ヒメは読書に没頭し始めていたから、自分の席に着いた。へちゃ、と冷たい机に頬を押し当てる。正直、教室内が冷房で冷えてるから、机に頬をくっつけると、寒い気さえした。でも顔が熱を帯びてるから、このくらいがちょうどいい。