「そうだ、忘れてた。ちょっと行ってくるね」

「ん」


 机の中から、クリアファイルに挟んでいたチャコールグレーの更紙(ざらし)一枚をそっと取り出し、少し足早に教室を出た。冷房で快適な教室内とは違って、廊下は厳しい残暑に襲われている。こんなところ歩いてるだけで汗が出そう。汗をかかないように、少し急ぐのをやめた。あれ、でも、暑いところにいる時間が長いと汗かくのかな。そう思って少し足を速めた。でもやっぱり暑くなりそうで足を遅くした。でも、ちらっと見た時計は、昼休みが終わる十分前を示していたから、やっぱり速足になった。


 慌てて飛び込んだ職員室は、教室と同じく冷房で冷えている。しっかり深呼吸して、体を冷やして、自分が汗臭くないことを確認する。そして、先生が机についていることを確認して、急いで駆け寄った。


 先生は私の気配に気づいて顔を上げて、すぐにコンビニのビニール袋を机の端に寄せた。半透明のビニール袋の中身は少し透けていて、今日も野菜ジュースを飲んでいたことが分かった。


「生駒先生、これ、生物のプリント、忘れてたんですけどー……」

「ああ、はい、ありがとう」


 太い黒縁の、牛乳瓶の底みたいなレンズの眼鏡。野良犬みたいにくしゃっとした黒い髪。そのくせ、ちょっとはにかんだときに見える歯は芸能人みたいにピシィッと綺麗に整っていて。


 私は、先生が掴んだプリントを離さなかった。