その人は、多分、“平凡”なんて言葉がぴったりくる人だった。


 髪は真っ黒で、いつも野良犬のようにくしゃっとしていた。黒縁眼鏡のレンズは、いわゆる牛乳瓶の底みたいに分厚い。ただ、それとは裏腹に、シワ一つないシャツと、第一ボタンを見せないくらいきちっと絞められたネクタイと、少し暑い季節になると丁寧に折りたたんで捲られた袖口と……。清潔感はあるのに、なんとも地味だった。


 第一印象は、覚えてない。ただ、大人しそうなのに、教科書を読み上げるときの声がとても穏やかに耳に入ってきたことは覚えている。あ、なんだか、この声、好きだなぁ、って思った記憶がある。


「何してるの、有島(ありしま)さん」


 下駄箱の前で、ぐすぐすと鼻水を啜りながら、一生懸命ゴミを捨てていたときに、そう声をかけてもらったのが最初だった。


 私は、元々、女の子の友達が少なかった。男子に媚びてるとか、よくある因縁をつけられて、発言力の強い子に嫌われてしまったのがきっかけだった。大体、そういう子に嫌われてしまったら、「あの子と仲良くすると仲間外れにされるから」なんて理由で、(おの)ずと友達が少なくなってしまう。


 そのせいというか、その延長で、その日は、友達が好きな男の子にフラれたとかで、しかもその男の子が私のことを好きなんだとかバラしちゃったせいで、私と友達が大喧嘩になった。今まで友達に怒鳴られるような大喧嘩なんてしたことなくて、何でそんなに怒られるのかも分からなくてパニックになって、泣き出してしまった。

 それが余計に友達を怒らせたみたいで「前からうざかった」なんて散々に吐き捨てて、あろうことか、私の下駄箱にあらん限りのゴミを詰めて帰ったらしい。なんでここまでされるのか分からなくて、やっぱりパニックになって、泣きながらゴミを捨てていた。