数日後…

後宮の華美で贅沢な暮らしにも慣れて来たが、その日の夜は何故か眠れなかった。
明明の話では、明日、朱雀の姫を選別する第一関門の試練があると言う。

どう言った内容なのかは、公表されて居ないが、厳しい試練になる事は間違いなかった。

それもあってか緊張して眠れなかった。

もしも…と言うか当然、私が朱雀の姫では無かった場合、この後宮からも去らなければならないだろう。
また、妓楼に戻るのかしら…?
それは嫌だわ…

何処か下働きできる場所でもあれば…

そんな事を考えながら、夜の後宮の庭を歩いた。

蓮の後宮には蓮の池があり、何となくそこに向かっていくと…

美しい笛の音が聞こえてきた。

これは…
この曲は「月の花」…

月の花は、離れた恋人を偲ぶ曲だ。
離れ離れでもずっとあなたを思っている。
あなたは月に咲く花のように、決して触れることも叶わぬけれど…

確か、そんな歌詞だったと思う。

私が近づくと、笛の音はピタリと止んだ。

横笛を持って居たのは、飛龍様…!
皇帝陛下だった…!

「そなたは…
確か妓楼の…」

「は、はい…!
小鈴と申します!

邪魔をして申し訳ございません!
つい、眠れなかったので、散歩を…!」

私は言う。

「いや、よい…
少し誰かと話したいと思っておったところだ。
隣に参れ、小鈴。」

そう言われて私はおずおずと皇帝陛下の隣に座った。

「そなた妓楼で働いておったが、経緯はあるのか?」

飛龍様が尋ねる。

「いえ、家が貧しく口減しのために売られただけでございまして…
物心つく前から妓楼におりますので、世間のことは何も知りませんし、家族のことも覚えていません。」

私はそう答えた。

「そうか…
本当の家族に会いたいとは?」

「顔も知りませんから、会いたいなどと思った事はありません。
でも、もしも、会えるなら、平手打ちでもしてやりたい気分でございます。」

私は言った。

それを聞いて飛龍様は笑った。

「そうか、会ったならば、平手打ち、か。
それも悪くはないな…」

少し寂しそうに笑う飛龍様に私は尋ねた。

「あの…
なぜ、月の花を…?」

「いや、特に意味はない。
好きな曲なだけだ。

そなた妓女ならば、一曲歌ってくれぬか?」

「え…?

わ、わかりました。
では…!」

私は「月の光」という歌を選んだ。

いつもあなたを照らし導く光となりましょう。
どんなに離れていても、光はあなたに届くはず…

そんな歌だった。
月の花の返し歌とも言える歌だ。

飛龍様はそれを聞いて涙を流した。

そして、歌が終わると居なくなっていた。

そして、私も何となく不思議な気分のまま、部屋に戻って眠りについた。