__ドドドドドドドドド。

 密閉性を高めた地下室に、水が満たされていく。水は壁に描いた魔法陣から、滝のような勢いで流れていた。

「た、助けて、ゴルレフ嬢……」

 部屋の中央に設置した、人が数人入れそうな檻。その檻の中には、助けを求めて震える令嬢が1人。

 ピンク頭に緑眼の令嬢が助けを求めるのは、これから自分の起こす殺人に心を躍らせている……私。

「ふふふ、チムニア嬢。このままだと死んでしまうわね?」
「お、お願い! 私が関わっていたわけではないけど、もう私と仲良くしている令嬢達には、あなたを貶めたりしないようきつく言い含めるから!」

 そう。チムニア嬢は随分と長い間、私を蔑み、貶めてきた。

 と言っても、これまでに彼女が自分の手を直接的に汚す事はなかった。せいぜい取り巻き令嬢達を、言葉巧みに誘導した程度。

 私の物を隠すのも、歩く私の足を引っかけようとするのも、私を校舎裏に呼び出して集団で罵るのも、ありもしない下世話な噂をでっち上げて流すのも、全て取り巻き令嬢達が自主的に行っていた。

 もちろん私に実害を与えられた令嬢は、いなかったけれど。

 自分の手を汚さないやり口には、むしろ感心していたのに……。

 結局、最後は自分から私に危害を加える事を選んだ。残念ね。

「そうなの?」
「ええ! だから……」
「じゃあ、死んで証明してちょうだい?」
「……は?」

 せっかくの可愛らしいお顔が、呆けたような間抜け面になってしまう。

 これも残念。チムニア嬢の可愛らしい、物語に出てくる正ヒロインのようなお顔は気に入っていた。

 返り討ちに合えば自分が死ぬかもしれない覚悟まではしなかったのね。他人に死か、それに近い暴行を与えようとしておきながら。

 浅はかなところもまた、可愛らしい。

 自分達の膝下まで満ちた水に、ツイと視線をやる。

 私は動きやすいズボン。けれど貴族令嬢らしい出で立ちのチムニア嬢は、水を吸った裾が絡んで、動く事もままならないはず。

 檻から離れ、扉近くの机に鍵を置く。

「檻の鍵は、ここに置いておくわ。もちろん固定もしない」
「自分ごと閉じこめるつもり!? わかったわ、やっぱり脅しなのね! お望み通り、もう何もしないであげる! だから早く水を止めなさい!」
「ふふふ。勝算ありと踏んだ途端に強気になって。お茶目な人ね」

 鍵を開けたとしても、既に扉は水圧で開かない。それこそ魔法でも使って穴を開けるか、水で満たされた後でなければ。

 魔法が使えないなら、水で満たされた後でも開かない可能性もある。気密性を高めるのに、かなり重厚な扉にしたもの。

 そんな恐怖の中で、冷静に呼吸を止めて対処できるかしら? きっと無理ね。

 想像するだけで……笑いがこみ上げそう。