「兄貴に付き合わされてれば多少できるようにはなるよ」


 インターハイに出たことのある兄に付き合ってテニスができるって、それは相当できるということを意味するのでは……。何でもできる王子様相手には思わず苦々しげな表情を向けてしまう。


「松隆くん……、できないことある?」

「あるよ。それこそ料理なんて苦手だね」

「うーん……手先不器用?」

「いや、それはそうでもないと思う。刺繍とか裁縫はそう苦手じゃないかな」

「……テニス以外は下手とか?」

「特別上手くはないかな。それこそ遼は何でも上手いの部類だと思うよ。あと――」

「松隆センパーイ」


 うきうきと楽しそうな声が松隆くんを呼んだ。まただ、と私が苦虫を噛み潰すのを隠すように松隆くんが振り返る。その先にいるのは一年生の女子三人だ。真ん中の子が半歩前に出て、もじもじと視線を彷徨わせている。


「あのぅ、ちょっとお話があるんですけど……」


 ただ、両脇に控える女子の目が私に向かって「邪魔」と告げていた。察した、告白だ。タイミングってものを見計らいなよ!と心で叫ぶけれど、来ちゃったものは仕方ない。松隆くんの横顔にだって私の心と同じことが書いてあるけれど、今の御三家の方針は〝女の子を無下にしない〟だ。


「ごめん桜坂、また後でね」

「うん。次の試合まで時間空くし、体育館に涼みにでも行ってくるよ」


 トーナメント表の二戦目が始まるまでまだ一時間以上ある。松隆くんが早めに試合を終わらせてしまったけれど、中にはちゃんと接戦を繰り広げる組み合わせもあるから、きっと予定通りに始まるだろう。それまでの間、わざわざ松隆くんと喋って女子に睨まられてる必要なんてないし、炎天下で暇を潰す趣味もない。

 一年生に優しく笑ってあげてる松隆くんはこれからなんて言って断るんだろう。そもそもなんて言って断ってるのかな。松隆くんのことだから、傷付けない告白の断り方も考え尽くしてるのかな。そう考えると、やっぱり松隆くんはいつも心にもないことばかり口にしている気がする。それでも、正直に言って誰かを傷付ける人よりも優しい人だと、きっと松隆くんは評価されるんだろう。