その日、第六西には笹が飾ってあった。

 そう、笹。七夕の短冊を飾るための笹だ。六日――テスト最終日の前日に立ち寄った第六西にはなぜかそんなものが飾ってあって、短冊が三枚掛けられていて、ご丁寧に机の上に短冊が一枚置いてあった。


「……これは」


 私の分、ということだ。完全に失念していた行事だし、御三家の三人に七夕に願い事をするなんて可愛いところがあるとは思えなかったのだけれど、あるということはそういうことだ。取り敢えず、御三家のみんなは何を書いたのだろうと、私の身長程度の笹にぶら下がっている短冊をひっくり返す。黄色の短冊には、癖のない綺麗な字で「父を超える医者」と書いてあった。誰かなんて考えるまでもなかった。黄緑色の短冊には、無関心そうな字が「健康」なんて書いている。なとなく松隆くんだと察した。七夕なんて行事に興味はない、と鼻で笑う王子様スマイルが目に浮かんだ。


「じゃあ水色は桐椰くんかー」


 そう呟きながら手を伸ばしてひっくり返そうとしたとき――ガラッ、と背後で扉が開いた。秘密を垣間見ている気分になっていたせいで、さっと手を放して慌てて振り返った。


「げっ、桐椰くん」

「げっ、ってなんだよ。何してんの、お前」

「七夕の願い事を書くにあたってみんなのを参考にしようと」

「体のいい盗み見じゃねーか」


 言いながら、桐椰くんはソファに深く沈みこんだ。盗み見なんて言いながらも私を止める気配はないから、桐椰くんの願い事を復唱してもいい揶揄い材料にはならなさそうだ。そう踏んで、桐椰くんの隣にぼふんと座り込んだ。隣の桐椰くんは目を閉じていた。


「桐椰くん、何書いたの?」

「なんで言わなきゃなんねーんだよ。見ればよかっただろ」

「だって見られても構わなさそうだったから。面白くないじゃん」

「お前本当性格悪いよな」

「桐椰くん揶揄うと楽しいんだもん」

「で、お前は何書くんだよ」

「んー、そうだなぁ」


 短冊に願い事を書いて笹に吊るすなんて行事、小学生低学年以来やっていない。高校二年生にもなって唐突に差し出されても、何を書けばいいのかわからない。


「字、綺麗になるようにって書けば」

「え? 何で字?」


 眉間に皺を刻んでいた私に出された助け船は、皺を更に深くする。桐椰くんは瞑目したまま口だけを動かした。


「あんま覚えてねーけど、確か、元々は手習いが上達するようにとかの願い事用だった気がするんだよな、短冊って」

「えー、じゃあ七夕と本当に関係ないじゃん」

「七夕に関係あること書きたいなら好きな人に会いたいとか書いとけよ。織姫と彦星に因んで」

「そうだねぇ……」


 確かに、因むのならそれが妥当かもしれない。でも織姫と彦星は一年に一度しか会えないというのだから、それを捕まえて自分達の恋愛を願うとしたら、なんとなく的外れになる気もする。十年に一度しか会えないカップルならまだしも、大抵のカップルは一年に一度以上会えるだろうし、それ以上を織姫と彦星に望むことができるのだろうか、なーんて。