「……なんで忍び込むみたいな帰り方してるの?」

「しっ。弓親さんに見つかって怒られたら面倒だろ」


 松隆くんは人差し指を唇に当てて見せる。本当に悪戯っ子状態だ。ただ、奥の左手からやってくる人影を、私は見てしまった。


「あら、総二郎坊ちゃまに遼くんも駿哉くんまで揃って」


 そして、松隆くんがローファーを脱いで上がろうとした瞬間に、落ち着いたおばさんの声が聞こえてくる。ゲッ、なんて三人が揃って顔をしかめていれば、本物のメイドの恰好――黒いロングスカートに白いエプロンをつけた典型的なメイドの仕様――をしたおばさんがやって来る。こげ茶色に染めた髪を後頭部で束ねていて、多分年齢は六十過ぎくらいだけれど、眼鏡の奥の目は優しそうに細められて若々しさもあった。おばさんが目の前までやってきたところで、桐椰くんと月影くんは取り敢えずといわんばかりに軽く会釈した。


「こんにちは、弓親さん」

「ご無沙汰しております」

「こんにちは。そうですねぇ、お久しぶりですね」


 その視線は私に向く。知らない目で、少しだけ体がむずむずした。


「こちらのお嬢さんもお友達ですか?」

「……うん。遼とクラスが同じなんだ」

「桜坂亜季です。松隆くんにはお世話になってます」

「あら、あら。私、こちらでお手伝いをしております、弓親です」


 頭を下げると、おばさんが――件の一番長く勤めているお手伝いさんの弓親さんが――頭を下げる気配がした。顔を上げたときには、弓親さんの目線は私より少し高い位置から松隆くんをにこにこと見つめていた。


「それで、総二郎お坊ちゃま。今はまだ授業中ですよね?」

「あー……うん。ちょっと色々あって」

「色々」

「……色々。取り敢えず、桜坂にシャワー貸してやってくれない?」


 私を言い訳に逃げたな、松隆くん。さっと弓親さんの目の前に突き出され、まじまじと見つめられる。「プールの後にシャワー浴びる時間がなかったらしいんだ」と適当な説明をされたけれど、弓親さんにとってはかぴかぴの髪だけでシャワーを貸す理由に十分だったらしい。「あらまあ、」と困ったように眉を八の字にされた。


「すぐに準備致します。お着替えは……」

「持ってないから、制服洗って乾かして。取り敢えず母さんの古いワンピースでも貸してあげて」