ヒュッ、と拳が松隆くんの顔面に向けて突き出された。松隆くんはそのリーチを完璧に見切って数歩下がるに留まったけれど、面倒そうに舌打ちした。
「ボクシングかよ」
「正解」
「桐椰くん!」
格闘技はマズイ。慌ててスマホに向かって叫ぶけれど、桐椰くんは煩わしそうな溜息を吐いただけだった。
「お願い早く、」
「『少々トラブっても、総がいるなら大丈夫だろ』」
「それが大丈夫じゃなさそうだからお願いしてるの! ねぇお願い、桐椰くん、」
「『大丈夫だろ。総と一緒に帰ってこいよ。別荘直でもいいから』」
「そうじゃないの!」
チッ、と松隆くんの頬を拳が掠った。松隆くんが蹈鞴を踏む。分が悪い、とその横顔は告げていたけれど、相手の拳は、体を反転させた松隆くんの前を素通りした。ほっと私が安堵しているうちに、松隆くんは勢いを殺すことなく肘で相手の側頭部を打撃する。相手は衝撃で小さく声を漏らし、その怯んだ隙に、松隆くんがそのまま頭を足で強打した。ダァンッ、と、やりすぎなんじゃないかと思うほど派手な音が響いた――のに、ぐっと、その足は掴まれた。
「痛ってぇ、な!」
「っ」
驚いた表情の松隆くんはそのまま地面に叩きつけられた。
「かはっ、」
「松隆くん!」
慌てて駆け寄ろうとした、その瞬間だ。ぐっ、と背後から伸びてきた大きな手に鳩尾のあたりをTシャツの上から掴んで引き寄せられたのは。ガシャッ、と松隆くんのスマホが手から滑り落ちた。