「洗いに行くの?」

「ギャッ。よしりんさん後ろから声かけるのやめてくださいよ」

「付いてってあげるわよぉ、さっきみたいなのいても面倒くさいし」

「オネェ様……!」


 御三家の誰よりも (多分)恋愛経験豊富で女心が分かって頼りがいのあるオネェ様だ。ただし「あ、Tシャツは返さないわよ」なんて微妙な気遣いのなさを意図的につきつけられた。思わず舌打ちしそうになってしまい、桐椰くんか松隆くんかどちらかの影響を受けてしまったことだけは自覚した。よしりんさんが「総ちゃんの別荘に戻るのが一番早いわね」と促すので一度来た道を戻ることになる。


「あのー、よしりんさん」

「なに。ナンパから庇われて遼ちゃんにときめいた? 詳しく聞かせて頂戴」

「いえそういうことではなく」

「……それ遼ちゃんの前で言うんじゃないわよ」

「桐椰くんのお母さんって弁護士なんですか?」

「あぁ、知らなかったのね」


 秘密でもなんでもないようによしりんさんは頷く。まぁ母親の職業なんて別に秘密でもなんでもないものなのかな……。


「なんかその界隈だと結構有名らしいわよ。めちゃくちゃに気の強いおばさんだけど」

「気の強いおばさん……」

「当然よね、弁護士だもの。アタシらの想像する気が強いの比じゃないわよ」


 頭に浮かぶのは法廷で大立ち回りしてみせるスーツ姿の女性だった。ドラマのCMくらいでしか見たことないけれど、現実の弁護士もあんな感じなのだろうか。


「彼方が大学に行ってからは仕事も落ち着かせたみたいな話は聞いたけど、ま、あんま詳しいことは知らないわ。アンタッチャブルってわけじゃないから聞きたいなら遼ちゃんに聞けばいいわよ」

「あー、いえ、さっき法律っぽいことを口走った桐椰くんが不思議だったんです」


 彼方って柔道やってたんだっけ? 武道はやってるって聞いたような気がする。よしりんさんが彼方を呼び捨てにしてるってことは少なくとも直接の知り合いで、もしかしたら桐椰くんより年が近いから保護者じゃなくてちゃんと男同士の友達なのかな。


「なんか、私の知らない桐椰くん見たみたいで変な感じしてました」

「アナタの知らない遼ちゃんなんていくらでもいるでしょうよ」

「そりゃそうだとは思うんですけどねー。御三家の中で一番読みやすいと思ってたのに面食らった、って感じでした」


 松隆家の別荘には、脱衣所に勝手口がある。海に遊びにいくのを前提にしているようで大変便利だ。そこの鍵を開けて、足についている砂を軽く払って中に入る。よしりんさんは手を洗う必要がないので私だけ中に入った。