「……そうなのかな」

「まー、歌鈴ちゃんに目つけられたのが一番の不幸だけど。元気出しなよー、生徒会は一番偉いけど、他の生徒にキョーミなんてない子のほうが多いんだからー」


 言葉通り、元気出して、とでもいうように肩を軽く叩かれた。振り向けば薄野さんは「ほらー、あたしはキョーミないもん、B専だから」と答える。それは御三家に興味がないということにしかなってませんが、と返事をしようか迷って、結局せずに黙ってプールに入った。

 胸のあたりまで押し寄せた水は少しだけ冷たかった。それでも去年までのプールほど冷たくないから、お金持ちの方々に感謝しながら帽子とゴーグルを装着した。


「二組目、いいですかー?」


 有希恵が対岸に見えて暫くすれば、笛を手に取る宍戸先生が見えた。そのまま「よーい、」という声をききながら気楽に構える。

 ピッ、という笛の音がしてすぐ、他の音は水の中に消えた。水泳は別に苦手というわけじゃないから、二十五メートル泳いで終わりという課題は楽なものだ。適当やれば、適度に息継ぎをしながら可もなく不可もなく進める。

 そう思っていたのに、ぐん、といきなり下半身が沈んだ。


「えっ――」


 ゴボッ、と、思わぬタイミングで沈んだ体のせいで水を呑み込んだ。塩素の臭いの混ざった水が口腔に呑まれるように押し寄せ、ゴクンと体内に入ってきて、頭がパニックになった。ゴボッ、と酸素を吐き出してしまう。ぐぐっ、と足が更に引っ張られる。

 頭が混乱した。何? 足をつった――わけじゃない。何だというのだろう。分からない。取り敢えず落ち着かなきゃ……足は着く深さだ。普通にしていれば、こんなところで溺れない。大丈夫――。

 ドボン、ともう一度体が沈んだ。ゴボボッ、と更に水を呑み込む。しまった、駄目だ。駄目だ、上がれない。ない支えを掴もうとするように手だけが虚しくもがいた。苦しい、苦しい、苦しい――。

 その数秒間、頭が真っ白になっていたと思う。

 どのくらい時間が経ったときなのかは分からなかったけれど、不意に「ゲホッ、」と呼吸の裏返しのような咳をした。


「ゲホッ、ゴホッ――……」

「大丈夫!?」