「なんだよ」

「鹿島くんに脅された理由は、雅だよ」


 桐椰くんが面食らったのが、視界の隅に映るだけでもよく分かる。一体何の話だ、に始まり、分かったところでなんで唐突にそんなことを言い出したんだ、と言いたげだ。でも構わない。


「なんで月影くんには話せるんだって言ってたよね。ごめんね」

「え……、いや、その、」

「鹿島くんにキスされた理由、雅だったんだけど、雅のこと言ったら松隆くんは絶対に怒るって思ったから松隆くんには言ってない。桐椰くんだってあの日雅に怒ってなかったって言ったら嘘でしょ? だから桐椰くんにも言えなかったの」


 嘘。嘘だけれど、月影くんにしか話せなかった理由になって、松隆くんには話したという誤解を解ける。私がお風呂に入っている間、桐椰くんが月影くんにないかを確かめることはしなかったと月影くんから聞いている。何も矛盾しないし、筋が通る。そして、桐椰くんは私との距離が縮まらない代わりに哀しまないで済む。桐椰くんのために聞こえるのに、徹頭徹尾私のためにしかない嘘だ。そのために──半分は本当とはいえ──雅の名前まで出している私は狡いのだと思う。でもあと少しだけだから許してほしい。

 唐突な告白に困ったように、桐椰くんは額を押さえた。


「……なんで今になって言うつもりになったわけ」

「だって言わないほうが桐椰くん怒ったんだもん」

「……別に怒ったわけじゃないけどさ」


 拗ねてたんだと、もう分かってる。だってあの時の桐椰くんの表情は、何も教えないことに拗ねてみせた雅と同じだった。


「……お前、なんでそんなに菊池のこと庇うの」

「だって雅は大事な友達だもん」

「……大事過ぎるだろ。元カレだから?」

「元カレじゃなくても雅のことは大事だよ」


 なんなら彼氏だったことなんて一度もない。でも桐椰くんには雅が元カレで幕張匠が好きな人ということになっているのだから、仕方ない。


「……幕張のほうが好きなのに?」

「友情と恋情はベクトルが違うから比べるものじゃないんだよ」