そこで気が付く。そうだ、水着を買う時は普通に目を合わせてくれてたから忘れてたけど、よしりんさんは私のこのすっぴんに殺意を抱いているといっても過言ではない。今更後ずさりするも時既に遅し、よしりんさんの骨ばった手にがっしりと肩を掴まれた。


「ヒッ」

「十分で整えてやるわ。来なさい」

「い、いや、あの、でもほら、十分なんて短い時間で整えてもらうの申し訳ないなーなんて……」

「その顔で外を歩く方が世間に申し訳ないってことに気が付きなさいよ!」


 そこまで言う? 背後で月影くんが鼻で笑っている。許さないぞツッキー。


「ほらそこのガキ共は準備でもしときなさい。歩くんだから荷物は最低限よ」

「え? このクソ暑い中を?」

「その通りよ温室もやしちゃん。少しは太陽の光でも浴びなさい」

「お前夏になって肩幅減ったもんな」

「夏バテは体質なんだよ」


 松隆くんは舌打ちしながら財布だけ掴んでポケットに入れる。桐椰くんも月影くんも手ぶらだ。私の手には小さいとはいえ鞄がある。男の子は荷物が少なくて何よりだ。そして今度こそ私の顔を整えに入るべく、よしりんさんは私の腕を掴んで引き摺り、サイドテーブルと隣り合うように床に座らせる。次いで相変わらず仰々しい化粧箱セットを取り出すものだから、たかが旅行なのにと白い目でそれを見ていると「なんか文句あんの小娘」と言われたので激しく首を横に振った。その目はふと私の背後を見るので振り向くと、暇そうに座り込んだ桐椰くんとスマホ片手に立っている松隆くんがじっと私を見ていた。月影くんは既に興味を失ってパンフレットを読み込んでいる。


「ちょっと、今は仕方なくここでやるけど見ていいとは言ってないわよ。男達はあっち行ってなさい」

「コイツの顔の変容に興味あるから」

「変容とか言わないでよ失礼な!」

「レディに賛美の言葉一つ言えないクソガキはお呼びじゃないわよ。いいから外にでも出ときなさい」

「はいはい」


 よしりんさんに視線を戻すと、「化粧ってする前見てれば過程見てても同じなんじゃねーの?」と桐椰くんの不思議な声が聞こえた。松隆くんが何か答えてたけど聞こえなかった。よしりんさんは両手に化粧道具を持つとにっこりと笑う。


「言っとくけど、十分で済ませるのは今日だけよ。明日からはみっちり整えるから早起きしなさいね」