私のTシャツの裾は腕を組んだ桐椰くんの右手の指先に摘ままれていた。こんなに控えめな呼び止められ方は初めてだ。なんなら男の子にされるとは思ってもみなかった。おそるおそる振り向いた桐椰くんは本当にさっきまで寝ていたみたいで、腕を解きながら欠伸をした。


「……おはよう」

「……ん」


 桐椰くんは窓から頭を離す。普段なら、よく寝て子供みたいだねとか、もう少し気の利いたおはようを言えたのに。


「……なんで呼び止めたの」

「……話あったから」

「……別荘着いてからじゃ駄目だったの?」

「もう起きたんだからそれまで寝たふりするのは無理だろ……」


 答えになっているようでなっていない。結局それは、何も話さずに今の私と普通に話すことなんてできなかったというだけだ。桐椰くんの口はへの字で、初めて会った時と同じくらい無愛想だった。口が開く気配はないし、暫くして開いた口も言葉を失くしたように何も音を発さない。また閉じて、桐椰くんは今度は目まで瞑った。


「……無理。俺、総みたいなやり方向いてねーな」

『好きだよ、桜坂』

 脳裏に過ったのは帰り道の松隆くんで、一瞬顔が燃えるように熱くなるのを感じた。しまった、と俯いて桐椰くんの目から顔を隠す。早く鎮まれ、早く、桐椰くんが気付く前に。


「……松隆くんみたいって、」

「遠回しに聞いたり鎌かけたりして、相手の口が滑るのを待つやつ」

「あはは、桐椰くんには無理そう」

「……なんで、鹿島とあんなキスした?」


 ぐ、と息が詰まる。本当に、桐椰くんの訊き方は松隆くんのそれと全然違う。それは性格が全然違うから。


「俺に言えない理由でもあんの」

「理由なんかないかもよ? もしかしたら誰とでもキスくらいできちゃうかもしれないよ、私は」

「誰とでもできるなんて顔してなかったじゃねーか」


 だから、松隆くんの前では付け込む隙となる台詞が、桐椰くんの前ではそうならないことが分かっていた。そう計算した上でそう口にしたのに、松隆くんと桐椰くんとでは持っている情報が違うことを失念していた。流石の私も、鹿島くんとキスして平然とした表情は保てていなかったんだ。


「……ちょっと驚いただけだよ。あんなところでされると思ってなかったし」