桐椰くんとの間には松隆くんがいるお蔭で頬を引っ張られる刑は免れた。店内に入る直前見上げた空は──桐椰くんは一雨来ると話していたけれど──雲一つない快晴だった。


「文具って何階?」

「八階」

「めんどくせ……。折り畳み傘とかでよくね?」

「アイツは盗られる以外で傘失くしたことないだろ。目の前にあるからってそれで済ませようとするなよ」


 エスカレーターに松隆くん、私、桐椰くんの順で並ぶ。普段の身長差はエスカレーターの一段分で漸く追い越した。正確にはヒールの高さ分もあるけれど。振り向いて掌を合わせる。きょとんとした丸い目が見上げてくるので思わず笑った。


「桐椰くんちっちゃーい」

「いや冷静にこれで並ぶお前はチビだろ」

「桐椰くんなんか夕立に降られて風邪引けばいいんだ」

「地味に嫌なこと言うのやめろ!」

「桜坂、コイツ馬鹿だから風邪引かないよ」

「どういう口の挟み方してんだよお前も!」

「桐椰くんは小学校で学年に一人はいる年がら年中半袖短パン小僧なの?」

「だからお前はいい加減にしろよ、んなわけねぇだろ。で、前を向け」

「痛い痛い」


 頬を引っ張られた挙句頭を掴んで前を向かされた。松隆くんは暇そうに手すりに凭れている。


「ねー、御三家って今でも三人で遊ぶの?」

「遊ばないよ」

「……事実だとしても凄く仲悪く聞こえるね」

「この間話しただろ、カラオケは駿哉が音痴だし、遼が嫌がるし、」

「おいちょっと待て、一体いつなんでそんな話したんだ」


 クラスマッチのときに聞いた話だ。ふむふむ、と頷く私の背後から恨みの籠った手が肩を掴むけれど、私は何も悪くない。


「あー、ほら、服は買いに行くことあるけど、毎回じゃないし」

「月影くんの美的センスの問題ですね」

「そう。していうなら、この間三人で水族館に行ったのが久しぶりだね。男三人の水族館なんて変な目で見られたよ」


 なんで俺があんなことしなきゃいけなかったんだ、と言いたげな遠い目を松隆くんはしてみせる。謝るべきか迷ったけれど苦笑いで誤魔化した。


「いいだろ、お前水族館嫌いじゃねーじゃん。動物園嫌いだけど」

「嫌いなの?」

「臭いがね」

「松隆くんって温室育ちっぽいよね。バイ菌いっぱいムリ、みたいな」

「エスカレーターでふざけるのは事故の元だよ、桜坂」