裏を返せば、その嘘がなければ松隆くん達も私が幕張匠だという解にたどり着くおそれがあった。


「菊池は君を好きだと言う。それにも関わらず、幕張匠を差し出せという要求に対してノーを貫き、居場所について口を閉ざし、君を餌に御三家を差し出した。危険すぎる。幕張匠が噂に違わぬ強さを持っているなら、幕張を差し出す方が無難だ。それをなぜ、君を餌にするという手段をとってまで避けたか。幕張匠を差し出すことこそが何より危険なことだったからだ」


 幕張匠が女だとバレるわけにはいかないから。


「君になにもしないという言葉を信じた彼は確かに愚かだった。だがそうするほかなかったんだろう。彼の中では、君を犠牲にするか餌にするかの二択しか残されていなかったのだから」


 そこで月影くんは話を終えた。実際、話は終わった。はぁ、と天井を見上げて、嘆息した。

 全部、何もかも、正解だ。仮定の上に積み重なっているものがいくつかあるし、月影くんが鎌をかけたのだとしてもおかしくはない説明だった。それでも、私に弁明の余力はなかった。いや、ないというよりも、最早必要もなかった。誤算はどこにあったのだろう。月影くんの思考力か、私の杜撰さか。……違う、本当は、最初の最初は計算なんてなかったからだ。俯いて、瞑目した。ここまで聞かされても、最大の謎はまだ残っていた。


「どうして、私が幕張匠だって暴露しなかったの」

「……馬鹿を言うな。そこで最初の話だ」


 はっ、と月影くんは嗤った。


「俺は結局、君の前の苗字など知らない。君の苗字が違ったかもしれないというのはあくまで仮定の話だ。だが、君と君の妹は異母姉妹であり、君は中学と今とで苗字が違う確率が高いということが、何を意味するのか。その意味する選択肢として並んだものが――……人前で話して差し支えないものだと、俺には思えない」


 そしてそれに辿りつく材料も、材料と気付かれていないなら気付かれていないほうがいい。そう締め括って、月影くんは今度こそ口を閉じた。これが自分に出せる不完全な完全解だ。そう言わんばかりに。でも私はマルをあげるしかない。


「……正解だよ、月影くん」


 疲れた気がした。ころんと、ベッドの上に寝転がった。目だけで私を見る月影くんに笑う。


「正解。教えてあげる。私、幕張匠なの」