駄目だ、この人は。やばいやばいやばい、と心臓の鼓動が速くなった。幕張匠だったときから、危ない人は慎重に避けていた。俊敏さには自信があったし、運動神経が良くはないけれど喧嘩は負けなしだった。それでもどうしても危ない人はいた。人を殺すのに本当に躊躇しない人がいる。例えば、初めて私と会った雅は『幕張匠は金属バットを頭めがけてフルスイングできるってマジ?』と訊いた。当時はどういう意味なのか分からなかったけれど、そのままの意味だ。そんなことができるのは度胸だとか根性だとか、そんなレベルの話じゃない。人を殺すなんてなんてことはない、だから厭わない、そういう人がいる。それは〝ヤバい人〟と私の中で分類していて、木刀で躊躇なく腕なり足なりを骨折させてもいいからと逃げていた。

 そしてこの人は、そのヤバい人だ。下手に逆らうことはできない。大人しくこっくりと頷いて、無言の雅を見上げる。私とは目を合わさない。話が違うとかそんなことを言いそうな雰囲気もない。ということは口車に乗せられたわけじゃない、加担してるんだ。本当に、御三家と雅との間に何かあったということだろうか……。

 雅を殴った人と、雅のトモダチだと言った人に挟まれるようにして、雅と手を繋ぎ直してシャッターの中に入る。古くて小さな工場(こうば)のようなところだった。大型車が二台優に停められるくらいの広さはあるかもしれないけれど、奥は薄暗くてよく分からない。シャッターが北向きで、斜面の脇に建っているせいか、中はひんやりと涼しかった。辺りをしっかり見る前にガラガラ、とシャッターが閉まった。窓は見当たらなかったけど、天井に電灯がとりつけられているので中央は明るい。工場内に置かれている機械や鉄骨に思い思いに座り込んだ男が六人、こちらを見る。あれが姫って趣味悪くね、身代わりじゃねーの、つか御三家呼ぶの怠くね、晩飯どーしよ、なんて緊張感に欠けた談笑をしている。この場にいるだけでも相手は八人、人質に私一人――もしかしたら雅も。


「さ、てと」


 横柄な態度で、雅を殴った人が真ん中の古びたソファに座り込んだ。リーダーだろうか。座り込んだそこから私を見上げてくる。どくどくと心臓の鼓動は収まらない。


「桜坂亜季?」

「……そうですけど」

「んじゃ、取り敢えず御三家呼んで」