「亜季」


 水族館の前、呼ばれて顔を上げれば雅がいた。私服の雅を見たことなんて殆どないし、男子の服のお洒落も分からないけど、多分雅自身そんなに拘りはないんだろう、夏にありふれた青いボーダーのTシャツを着ていた。イヤホンを外してworkmanの停止ボタンを押す。雅の手がポニーテールの毛先をぽんぽんと跳ねさせる。


「今日髪型違うね」

「まぁ……、さすがにあの格好でお出かけはまずいでしょ……」


 今日もまた暑いし、と付け加えながら(うなじ)に触れた。ついでに今日はコンタクトでもあるし、よしりんさんに貰ったお化粧も不器用なりにある程度施したし、ウエストも絞ったワンピースともなれば体型も誤魔化せてないし、BCCの時とまではいかずとも私を見て私だと分かる人は少ないかもしれない。


「取り敢えず中入ろ? 暑いし」

「亜季、ほんと暑いの嫌いだよね」

「分かってるのに連れ出すんだもん、雅」

「そうでもしなきゃ亜季が外に出ないからだろ」


 ぽんぽん、と頭を撫でられたかと思うと手を繋がれかけたので素早く引っ込めた。雅が落ち込むというよりは物凄く不愉快そうな顔をする。


「……なんで駄目なの?」

「駄目なものは駄目です」

「えー。そんな恰好してくれてるから亜季もデートに乗り気なんだと思ったんだけどなー」


 レモン色のワンピースで、袖の一部が透け感のある生地で切り替えてある。甲に花がついたブルーのサンダルも合わせればまさに真夏の恰好。


「貰いものだよ」

「プレゼント? 男から?」

「女の子から。要らないものを貰っただけだよ」


 だから少し前のモデルだし、と裾を持ち上げてみせる。とはいえワンピースなのでそう流行り廃りはない……と思う。雅は、私がバッグを後ろ手に両手で持って放さない様子を暫く眺めていたけれど、ややあって諦めて「じゃー行く」と声だけで促すに留めた。その少し後ろから隣に追いついて熱い日差しに温められた空気から逃れる。遊園地とどっちがいい?と訊かれたけれど水族館にして正解だった。

 雅がチケットを買うというのを断固拒否して館内に入り、順路通りに歩く。雅も私も特別観賞魚が好きなわけではないので、魚を見て、説明書きを見て、ほうほうと頷いて再び観察してを繰り返しながら雑談をしているだけだ。