あの学院長が、ここまで本気で怒るところを見るのは、後にも先にもこの一度だけだった。

「エリュティア君にはエリュティア君の人生があり、未来がある。その未来を、親の都合で閉ざすなど、親のすることとは思えません」

「…っ。そんなの、うちの勝手でしょ!他人が口を出すことじゃ…」

「あなた方は勝手過ぎる。エリュティア君は、あなた方の道具でも、奴隷でもない。彼の夢を邪魔しないでください」

僕は道具でも、奴隷でもない。

胸に突き刺さるような言葉だった。

今まで、考えたくても考えられなかった言葉。

「…」

母も、少なかれ思っていたのだろう。

僕に全ての面倒を押し付けて、自分は目を逸らしていたことを。

母は黙ってしまった。

代わりに。

「そうやって、入学金や学費をせしめようって考えなんだろ」

不機嫌そうな顔をして、ずっと黙っていた父が口を開いた。

「王都での滞在費だってかかるんだ。おいそれと王都まで出せるか!しかも六年も」

今度は、お金の問題にすり替えることにしたらしい。

目の前が暗くなる思いだった。

どんなに学院長が説得しようと、両親が金を出してくれなければ、イーニシュフェルト魔導学院には入学出来ない。

お金の問題を盾にされれば、学院長も強くは言えないと踏んだのだろう。

元々父にとって、血の繋がらない僕は、金食い虫以外の何者でもなかったのだ。

さすがの学院長も、これ以上は説得出来ないかと思われた。

しかし、学院長はむしろあっさりとした顔で、

「お金なら、私が立て替えましょう」

まるで何事もないかのように、さらりと言った。

「!?」

これには、一同仰天。

た、立て替えるって…。

「金銭的に余裕のない生徒は、少なくありません。そういう生徒の為に、我が校では奨学金制度を設けています。特にエリュティア君は、入試で非常に上位の成績でしたから、学費免除の特待生としての入学も可能ですよ」

学院長は、これで問題解決とばかりに、にっこりと笑った。

他に何か?とでも言いたげだ。

「…」

父は、ぐぬぬ、と引き下がるしかなかった。

そして。

「そんなに言うなら…。そんなに言うなら、勝手に行けば良い!ただし、親を捨てる覚悟で行くんだな」

出ていくなら、もう二度と、うちの敷居は跨がせない。

義理の父親は、たった13の子供に対して、そんな選択肢を突きつけてきた。