狭いアパートの中で、僕が何をして過ごしていたのか。

今でも、思い出さない日はない。

何もしていなかった。

あの頃僕は、何もしていなかった。

普通の子供なら、玩具で遊んだり、絵を描いたり、公園に行ったりする年頃だが。

あの頃の僕は、玩具で遊ぶことも、絵を描くことも、公園に行くこともなかった。

じゃあ、何をしていたのか。

日がな一日中、ボーッと窓の外を眺めながら過ごしていた。

昼間は、ずっとそんな感じ。

お昼ご飯を食べることもなかった。

そもそも、用意されていなかったから。

というのも、母は夜の仕事をしている人だった。

だから夜の間、母は家にいなくて。

僕は、一人で布団を敷いて、一人で眠っていた。

そして、母は朝になってようやく帰ってきた。

夜の間、ずっと一人で心細かっただろう、と思われるかもしれないが。

実は、そんなことはなかった。

むしろ、母が家にいない夜は、僕にとって安息の時間だった。

朝になって、帰ってきたときの母は、常に不機嫌だった。

仕事帰りの母はいつもイライラしていた。

恐らく、相当に疲れていたからだろう。

母が帰ってきたとき、僕がまだ寝ていたら、寝ている僕の頭を蹴りつけることもあった。

私がこんなに大変な思いして養ってやってるのに、お前は良い気なもんだ、と嫌味を言われたりした。

そんなこと言われても。まだ四歳か五歳の子供に、何が出来ると言うのか。

仕方なく、僕は母が帰ってくる前には必ず起きて、母を待っていることにした。

母はよく、仕事着のままで帰ってきた。

派手な服を着て、派手な化粧をして。

香水とお酒と煙草の入り交じった、何とも言えない独特な匂いを放っていた。

僕は、あの匂いが大嫌いだった。

今でも、ふとした瞬間に鼻の中にあの匂いが蘇ることがある。

錯覚だと分かっていても、その度に僕はあの日々を思い出して、気分が悪くなった。

朝になって帰ってきた母は、シャワーを浴びて、そのまま死んだように眠った。

母が眠っている間、僕は一人で大人しく、じっとしていなければならなかった。

僕には玩具もなく、絵本も積み木も、何も持っていなかった。

そんなものを買い与えてくれるような親ではなかった。

テレビはあったけど、昼間は決してつけることはなかった。

母が寝ている間に音を立てて、万が一母を起こしてしまったら、母は僕を怒鳴り、機嫌が悪ければ殴られることもあったから。

母が寝ているときは、決して音を立てず、囚人のように大人しく、座っていた。

だから僕は、母のいない夜の方が好きだったのだ。