─────…『禁忌の黒魔導書』の気配を感じて、現場に駆けつけたときには。

既に、それはただの真っ黒な本になっていて。

そして、その傍らに羽久が座り込むようにして座っていた。

「…!?」

何事なんだ、これは。

どうやら、ずっと目をつけていたエヴェリカ…ならぬ、『禁忌の黒魔導書』は、倒したらしいが…。

「羽久、羽久しっかりして」

私は、羽久を必死に揺り起こした。

この子に何かあったら、私は…。

「う…ん…?」

羽久は、私に揺さぶられてゆっくりと目を開けた。

いや、羽久かどうかは分からない。もしかしたら、他の人格が…。

「あれ…。シルナ…」

この子は、私をシルナと呼んだ。

二十音はしーちゃんと呼ぶし、未来ちゃんなら私を見るなり怖がるから、残るは…。

「羽久?ステラちゃん?」

「…羽久だよ」

あぁ、羽久なんだ。

良かった。話が早い。

「一体何があったの?禁書の気配を感じて来てみたら、君が倒れてるから…」

「禁書…?あ、そうだエヴェリカは?」

羽久は慌てて起き上がり、辺りを見渡して。

そして、既に封印された『禁忌の黒魔導書』を見て。

「…?何で?シルナが倒したの?」

「え?いや、私は今来たばかりだけど…」

「…」

「…」

羽久以外に、『禁忌の黒魔導書』を相手取ることが出来る人格は、一人しかいない。

「…前の俺か」

羽久が、ぽつりと呟いた。

前の…つまりは二十音のことだ。

そうか。あの子が出てくれたのか…。

あの子を前にしたら、禁書は手も足も出せなかっただろうな。

「…羽久は、何処まで覚えてる?」

「禁書…エヴェリカをここに呼び出して…。正体を暴いて…」

「…暴いて?」

「…」

何故か、羽久は私の顔をじっと見つめたまま、黙り込んでしまった。

「羽久。『禁忌の黒魔導書』と何があったの?」

「…何でもない。ちょっと、記憶が曖昧なんだ。正体を暴いたところまでしか覚えてない」

「…そう」

じゃあ…その後すぐに、危険を察知した二十音が出てきてくれたのかもしれない。

…そういうことにしておこう。

「…これで、この世界での用事は終わった。…帰ろうか、ルーデュニア聖王国に」

「あぁ…。後味の悪い事件だったな」

「本当にね」

突然失踪したエヴェリカ・シーア・アルヴァールのことを、彼を知る者はどう思うだろう。

人間としてこのまま生きていれば、彼は、帝国騎士として立派に暮らしていたのかもしれない。

だけど、その未来は…私達が、奪ってしまったのだ。