「…駄目だ、イレースちゃん。君はそちら側に行ってはいけないよ」

人質の命が奪われようとしているのに。

やはり、シルナ・エインリーは冷静な口調でそう言った。

私が同じように冷静なら、彼の言葉に焦燥が混じっていることにも気づいたのかもしれない。

でも、そのときの私は、冷静さからは程遠かった。

「今ならまだ戻れる。戻ってくるんだ。君を愛する人は、君がそちら側に行くことを望んでないはずだよ」

「ごちゃごちゃうるさい男だな。…もう良い、イレース。早く殺っちまおう」

「い、嫌…。殺さないで…お願い…」

「わ、私は…」

シルナ・エインリーの声。

ヴォイドの声。

人質の女子生徒の声。

そして自分の声がごちゃ混ぜになって、私は叫び出しそうになった。

…お父さん、お母さん。

私、どうしたら良いの。

二人は、私に何を望むの…。

「…幸せになって欲しいと思ってるはずだよ」

「…!」

ハッとして顔を上げると、シルナ・エインリーが私を見つめていた。

懐かしい、父の笑顔に似ていた。

「世界を変えることなんて望まない。ただ君に、幸せに生きて欲しいと思ってるだけだ」