「ヴォイド…」

「そいつは、天性のぺてん師だ。騙されるな。そいつの言うことを信じるんじゃない。お前の味方は誰だ?」

「…それは…あなたです…」

私の味方は…理解者は…ヴォイド一人だけのはずだ。

それなのに。

「イレースちゃん。ヴォイドは『禁忌の黒魔導書』なんだよ」

シルナ・エインリーは、冷静にそう言った。

「それがどんなに危険な魔導書か、君だって分かってるはずだ。君を利用するだけしておいて、裏切る可能性がないとどうして言えるの?」

「それはお前も同じことだろ。イレースを惑わしやがって」

ヴォイドは、腹立たしげにシルナ・エインリーを睨み付けた。

もう、何を信じて良いのか分からない。

頭が、ぐちゃぐちゃになりそうだった。

「黙れ。イレースちゃんから離れろ」

「断る。こいつは俺の契約者だ。俺はイレースと、禍なる者を復活させる為に…」

「…させないよ、そんなことは。私の目が黒いうちは」

「…もう良い。おいイレース」

「え?」

ヴォイドが、傍らで震えていた人質の一人の胸ぐらを掴んで、引っ張り上げた。

「嫌ぁぁぁ!」

人質の女子生徒が、甲高い悲鳴をあげた。

「見せしめに、一人殺しちまおうぜ。人質が死ねば、シルナ・エインリーも大人しくなるだろ」

「…!」

…殺す?

本当に人質を殺す?

「待ってください。人質を殺したら、外の羽久・グラスフィアが何をするか…」

私はもとより、人質の命を奪うつもりはなかった。

人質を取れば、シルナ・エインリーは人質の命を守る為に自決するだろうと思っていたから。

「なら、二人目を殺せば良い。そいつも大人しくなる」

「…そんな…」

「何を躊躇ってるんだよ。禍なる者が復活すれば、どうせ皆死ぬんだぜ?早いか遅いかの話だ」

…それは、そうだけど。

殺されるのかと怯えきった人質の女子生徒の、すがるような視線が…私に突き刺さった。