私の心は、水面のように揺れ動いていた。

固い意思を持っていたはずなのに、どうしてだろう。

シルナ・エインリーの言葉には、私の心に響くものがあった。

「禁書は君の味方じゃない。もし邪神が蘇ったら…君も死ぬんだよ?」

「…そんなことは分かっています」

「死ぬことも厭わないと?」

「当然…」

それで世界が変わるのなら、私は自分の命だって…。

「君はそれで良いだろう。でも、君を大事に思う人は?君が己の身を滅ぼしてまで、世界を変えることを良しとするだろうか?」

「…それは…」

「よく考えるんだ。君の愛する人は、君を愛している人は、例え不平等な世の中でも、君に生きていてもらうことを望むんじゃないのかい?」

…そんなことは、初めて考えた。

私の脳裏に、両親の姿が浮かんだ。

私を、心から愛していた両親が、何を望むか。

二人もきっと、世界を変えることを望んでいると思っていた。

確かに、二人共、理不尽に命を奪われたことを恨んでいるだろう。

私が世界を変えることを、望んでもいるだろう。

けれど、それで私が死ぬことを望むだろうか?

私が死んでまで、世界を変えることを望むだろうか?

…本当に私を愛してきた両親なら。

…私に、生きて欲しいと思うかもしれない。

「死んじゃ駄目だよ、イレースちゃん。どんなに不平等な世界でも、その為に死んだんじゃ意味がない。その為に大勢の人が死ぬんじゃ意味がない」

「…」

「不平等な世界を変える為に世界を滅ぼせば、それこそ君が嫌った…不平等な世界になってしまうんじゃないのかい。もう一度よく考えるんだ。賢い君なら分かるはずだ。何が正しいのか…」

「…」

何が…正しいのか。

そんなの…私に…分かるはずがない。

ずっと、世界を変えることだけに執着していた私には…。

そのとき。

「イレース。騙されるなよ」

私の唯一の理解者…であるはずのヴォイドが、私の前に立ちはだかった。