と、意気込んで来たのは良いものの。

立て籠り犯をどうやって説得したら良いのか、私には分からない。

長いこと生きてきたけど、立て籠もり犯の説得なんて経験ないよ。

従って。

「あ、あのねイレースちゃん。落ち着いて。落ち着いて話し合おう?こういうのは良くないと思うな~」

テンパった挙げ句、出てきたのはそんな言葉だった。

これには、羽久も大激怒。

「馬鹿かお前。そんな生温い台詞でやめるくらいなら、最初から立て籠る奴なんていねぇよ!」

「だ、だって!他に何て言えば良いか分からないんだもん!」

「お前人生長い癖に、立て籠り犯の一人も説得したことないのかよ!」

「ないよ!悪かったね、立て籠り犯の一人も説得したことない人生で!」

そんな経験は、一生しないで生きていたかったな!

叶わなかったよ!

そんな痴話喧嘩を丸っきり無視して、イレースちゃんは鍵をかけた訓練場の扉の向こう側から、静かにこう言った。

「シルナ・エインリー教官」

「は、はい?」

呼ばれた?私。

「あなただけ入ってください。羽久・グラスフィア教官は駄目です」

「…何で羽久は駄目なの?」

「彼は時魔法の使い手だと聞いています。人質を取り返されたら堪らない」

「…」

…成程。

その辺、ちゃんと調べて実行してるって訳か。

「もしあなた方が怪しい動きをしたら、私は容赦なく生徒を殺します。躊躇いはしません」

「…」

「それを承知の上で、シルナ・エインリー教官だけ、ここに入ってください。鍵を開けます」

「…分かった」

それしか方法がないのなら。

「…シルナ。相手の思う壺だぞ」

羽久は、イレースちゃんに聞こえないようにそう言った。

…うん。

「分かってるよ。でも、そうしなきゃ生徒を助けられない」

生徒を殺すと言った、イレースちゃんの言葉に嘘はない。

私達が怪しい動きを見せたら、イレースちゃんは躊躇いなく生徒に手を掛ける。

それだけは、絶対に阻止する。

「条件を飲めば入れてくれるって言ってるんだ。人生で初めてだけど、ちょっと説得してくるよ」

「…」

「お願いだから、手を出さないで。生徒を傷つけたくはない」

私が危なくなったら、多分羽久は私を助ける為に、割って入るだろう。

でも、その瞬間に生徒の安全が保証されなくなってしまう。

折角、私が言うことを聞けば生徒の命は助けてくれそうなのだ。

ここは、素直に従っておくべきだ。

「…分かったよ。気を付けろよ」

羽久も、理解したのだろう。

苦虫を噛み潰したような顔で、渋々承知してくれた。

「ありがとう、羽久。ちょっと行ってくるよ」

イレースちゃんが、何を考えているのかは分からないけど。

これも、良い経験だと思おう。

私はこの瞬間から、立て籠り犯を説得したことのある人生になるのだ。