私は最初、その子がラミッドフルス魔導学院の「鬼教官」であることを知らなかった。

そして、知らなかったが為に、えらい目に遭った。

と言うか、土手っ腹に強烈なボディブローを食らった。

「こんにちは、初めまして。シルナ・エインリーです」

「…初めまして。イレース・クローリアです」

今回の合宿、責任者は私だが。

副責任者的立場として、ラミッドフルス魔導学院の教官を一人、頼んでいた。

その彼女と出会ったのは、合宿が始まってからだった。

名前からして女の子だろうと思っていたが、予想以上に若くて、ちょっと驚いた。

しかも、凄く美人。

いや、決して邪な気持ちがある訳じゃないからね?

セクハラ親父だと思ったでしょ今。

違います。

「イレースちゃんだね。この度は宜しくね。早速だけど、今回の合宿の方針について話し合おうか。クッキーでも食べながら…」

まずはお近づきの印に、とばかりに、持参したクッキー缶をスッ、と差し出そうとした。

そのときであった。

ボディブローを食らったのは。

「失礼ですが、私はあなたと分かり合えないと思っています」

「…へっ?」

はい?

今何て?

「私とあなたでは、根本的に性質が違います。その菓子一つを取ってもそう。私は菓子を食べに来た訳じゃありません。ここに、生徒を指導しに来たんです。生徒が見ているかもしれない手前、教官である私が、菓子を食べて談笑するなど、有り得ないことです」

「…」

「そのような点からしても、私とあなたは分かり合えません。あなたが普段から、生徒に対してとても寛容…いえ、甘い態度で接していることは聞き及んでいます。あなたの書いた教育指南書も、読ませて頂きました。その上で申し上げます」

「…」

「私には、あなたの教育論が理解出来ません。私とあなたの教育方針の違いは、月とすっぽんほどもあります。あなたは今回の合宿の責任者ですから、極力あなたの方針に従うつもりではありますが、それは私の本意ではないということを理解してください」

「…はい…」

震えながら頷く以外に、私に何が出来ただろう。

行き場をなくしたクッキー缶と、私の心が泣いていた。

…若くて美人な女の子だ~、なんて思っていた、一分前の自分を殴りたい。