「…水量が増加してるな…。雨でも降ったのか」

「…」

旅の途中、私達は増幅した河に出くわした。

近隣で雨でも降ったのか、かなり水が増えている。

歩いて渡れなくもない距離だが、気を付けなければ水に足を掬われそうだ。

渡るのを諦めても良いのだが…。

「…」

夕暮れまでに、宿のある村に辿り着くには、今この河を渡らなくては、間に合わないだろう。

仕方がない。

「…二十音、来なさい」

私は振り返って、子ガモのように私の後ろをついてくる二十音に手を伸ばした。

二十音は常にぼんやりした顔をしているが、私が声をかけると、急に輝き出す。

今回も、私が伸ばした手を、二十音はハッとして掴んだ。

しかも、両手でぎゅうっと握り締めるように掴んできた。

…何故両手?

「片方で良いんだよ。河を渡るから、気を付けてついてきなさい」

私は二十音の右手を振りほどき、左手だけを掴んで、慎重に河を渡った。

二十音は、素直についてきた。

何故か、とても嬉しそうだった。

ずっと閉じ込められていたせいで精神年齢が幼いから、水に入るのが楽しいのかもしれない。

呑気なものだ。

数分かけて河を渡り、向こう岸にたどりついた。

「ふぅ…」

無事に河を越えることが出来た。

「…ん?」

私はそのときに、河を渡り終えたにも関わらず、まだ二十音が私の手を離していないことに気づいた。

嬉しそうな顔で、私の手を握ったままだ。

何をしてるんだ、この子は…。

「もう離しなさい。河は渡ったんだから」

繋いでいた手を振り払うと、二十音は悲しそうな顔をして私を見つめ。

そして、空を掴む手を、のろのろと下に下ろした。

…何だ、その顔は。

二十音が何故そんな顔をするのか、あの頃の私には、まだ分からなかった。