…いつか、こんなときが来ると思ってきた。

かつて、大昔に起きた聖戦で、神祖の魂は失われた。

禍なる者から人々を守る為に命を懸け、そして敗北した。

しかし、神祖は完全に死んでしまった訳ではない。

いつか力が戻れば、この世に復活するときが来ると信じていた。

そして、その時こそ…。

私が、罪を咎められる時だ。

「…お前は、どうしてそちら側にいる?」

「…」

まず一番に。

「どうしてそんなモノを隣に置いている?聖賢者であるお前が」

そんなモノ。

それはつまり羽久のことで…いや、正しくは二十音の…。

「…あぁ、そうか。ヘルヘイムが…この禁書がそうしたように、そいつを利用して…そして、殺すつもりなのか」

「…!?」

羽久は、驚いて目を見開いた。

…私が、羽久を殺す?

「…それは有り得ない」

世界が滅びたとしても、それだけは有り得ない。

「なら、どうしてそれを傍に置いてる?お前は…何故、そちらにいる?」

「…」

「…まぁ、理由なんて何でも良い。私の目の前に現れてくれたのなら、都合が良い」

神祖…ベリクリーデは、私の隣の羽久に向き直った。

「…今度こそ、それを殺す。退け」

「…」

私は、羽久を庇うように前に出た。

あぁ、これで私は完全に戻れないな、と思った。

何を今更。とっくに分かっていたことだ。

私は、守るべきものに牙を向け、己の正義に背を向ける。

全ては、この子を守る為に。

「…どういうつもりだ?」

ベリクリーデの目付きが変わった。

人間のそれではない。

神だ。

正直足がすくみそうだが、怯えている訳にはいかない。

「…この子に手は出させません」

「…お前の出自に免じて、一度は冗談だと思ってやろう。そこを退け。そいつを殺す」

「それは出来ない」

我ながら、何処からそんな勇気と度胸が出てきたのやら。

だが、私は断言した。

この子を殺すことは出来ない、と。

ミミズやセミを食べる度胸はないが、神に敵対する度胸はあるのだから、不思議である。