「…」

ヘイリー叔母…いや、叔母ではない…彼女は、じっと私の顔を見つめた。

「私に叔母なんてい。それどころか…両親だって、本当は居ない」

私の中にある家族の記憶は、私の妄想でしかない。

そんな記憶…そんな過去は、本当は存在していないのだ。

ただ…私が、そう信じていたかっただけで…。

「あなたは誰?どうして私の叔母の振りをするの?」

「…いつから気づいていた?」

…そっか。

認めるんだ。

「最初から。すぐに分かったもの。あなたが偽者だって」

「…鋭いな。さすがは…神祖の移し身という訳か」

「…」

「気づいていたなら、話は早い」

お母さんによく似ていた顔が…魔法が、溶けた。

その顔の下に出てきたのは、目付きの鋭い妙齢の女性だった。

「お前を収容所から救い出して恩を売れば、私に従うと思ったんだがな」

「…あなたは誰?」

「私はヘルヘイム。『禁忌の黒魔導書』と呼ばれる魔導書の化身だ」

『禁忌の黒魔導書』か…。

残念ながら、私にはよく分からないけど…。

とにかく、人間じゃないことは分かる。

私の叔母の振りをして、私を収容所から救い出し、そして私を利用しようとしていたことも。

もし、私を助けたのが善意でないとしても。

「あなたには感謝してるよ。理由はどうあれ、私を収容所から助け出してくれたのは事実だもの」

この人が私の叔母の振りをして、私を助け出してくれなければ。

私は今でも、収容所で苦しんでいたはずだから。

「ならば、その恩返しの為に、私に協力する気はないか」

「ないね。全く」

それとこれとは話が別だから。

ヘルヘイムは気を悪くした様子もなく、重ねて尋ねた。

「…そもそも、何故お前は収容所などにいた?神祖の移し身であるお前なら、餓死とも無縁だろう」

…その通り。

私は生まれてこの方、一度も飢えたことはない。

空腹も満腹もない。

私は人間じゃないから。

それなのに、どうして収容所なんかにいたのか。

その気になれば、周りにいる人間を全員、皆殺しに出来る力があるのに。

何故、暴力に屈していたのか。

それは。

「…人間として生きていたかったから」

あれだけ同じ夢を見て、自分が何者なのか、気づいてない訳じゃない。

自分の中に何がいるのか、分からない訳じゃない。

それなのに、私が人間の振りをしていたのは。

神ではなく、人であることに執着していたかったから。