全ては、俺が安易に人を信じてしまったが故の過ちだった。

疑うべきだったのに。

すぐにでも追い出すべきだったのに。

全てなくなってから気づいても、遅過ぎる。

それからというもの、俺は月読と共に生きていた。

あれからも、『死火』を狙った刺客は何度もやって来た。

ある者は正面から、力ずくで奪い取ろうとした。

ある者はあの日の僧侶のように、俺を懐柔しようとした。

奪い取ろうとするのではなく、俺を利用しようとする者もたくさんいた。

だが、俺はそのどれもを信じなかった。

腹の中に悪意がある以上、ほんの少しも信じる訳にはいかない。

俺はもう二度と誰も信じない。

信じれば、また同じような悲劇が起きる。

そしていつの頃からか。

出来るだけ目立たないように、俺は魔導師であることを隠して、人間に紛れ込んで、人間として生きてきた。

アシバ探偵事務所にいたのもその為。

残念ながら、もうアシバ探偵事務所にはいられないが…。

これからも俺は、決して『死火』を誰かの手に渡すつもりはない。

これは俺に残された、唯一の心臓のようなものだから。

「…一つ、確認しておきたいんだけど」

一通り話し終えた俺に、シルナ・エインリーが尋ねた。

「『死火』が神を殺す魔導書だっていうのは…あれは…真っ赤な嘘なんだよね?」

「…そうだ」

今までその事実を、俺以外の誰も知らなかった。

「えっ…。嘘なの?」

羽久・グラスフィアが驚いたような顔をした。

「そう、嘘なんだよ羽久…。…私も、そうだろうと思った」

「はぁ?じゃあ散々言われてる『死火』が伝説の魔導書だっていう噂は…」

「単なる伝説でしかないってことだね。噂の一人歩きだ」

…その通りだ。

その通りなのに、誰もが『死火』の根も葉もない伝説に踊らされて、俺を狙いに来るのだ。

…とはいえ。

「『死火』が莫大な力を持つ魔導書である事実は本当だ。でも、神を殺す力なんてない」

誰が最初に言い出したのかは知らない。

でも、『死火』に神を殺す力などない。

誰かが勝手に作った噂が、勝手に一人歩きしているに過ぎない。

「それが…『死火』の真実か…」

「…」

…『死火』を探して遥々やって来た彼らにしてみれば、拍子抜けも良いところだろうな。

気の毒ではあるが、これが真実なのだ。

「…それで、無闇君。君はこれからどうするつもりなの?」

…どうする?

「また人間に混じって暮らすつもり?」

「…そのつもりでいるが」

アシバ探偵事務所にはもういられないから、また別の場所に…。

しかし。

「良かったら、ルーデュニアに…聖魔騎士団に来ない?」

「…え?」

それは、思いもよらない誘いだった。