記念すべきあの日。

イーニシュフェルト魔導学院学院長、シルナ・エインリーが訪ねてきたその日。

学院長は、生徒達に順番に、自分の目の前で魔法を使わせた。

一通り見終わった後、実にとんでもないことを言い始めた。







「うん。キュレム君…だっけ。あの子が欲しいな」

そう言った瞬間、教師陣は皆ぽかんとした。

…キュレムってのは、どいつだ?と思ったに違いない。

実は、俺もそう思った。

キュレムって誰?

…あれ?なんか聞き覚えがあるような名前。

あまりに皆がぽかんとしてるから、学院長もきょとんとしていた。

「…?キュレム君。キュレム・エフェメラル君って子が欲しい」

「え、え…。お、弟の方ですか?」

俺の扱いなんて、いつだって優秀な兄貴の弟でしかない。

決して、キュレム・エフェメラルではないはずなのに。

それなのに、学院長は他でもない、俺の名前を呼んだ。

「弟…?キュレム君だよ?」

「あ、兄の方とお間違えなのではありませんか?優秀なのは、キュレムではなく兄の…」

「間違えてなんかいないよ。私が欲しいのはキュレム君だから」

そこで俺はようやく、キュレムというのが自分の名前であることを思い出した。

で、この人は俺に何を求めてるんだ?

「い、いえ…。うちの最優秀生徒はエフェメラルの、兄の方で…」

「そうなの?まぁ、器用な子ではあったけど…。私が欲しいのはキュレム君だよ」

それを聞いて、兄貴は顔面蒼白になっていた。

俺も、何事が起きているのか分からなかった。

「で、でもキュレムは…これと言って才能も…。それより兄の方が」

教師陣は、必死に兄貴を推薦した。

しかし、学院長は物ともしなかった。

「あの子…お兄さんは確かに優秀な魔導師の卵だけど…。でも、それは今だけだ。あの子は、もうあれ以上伸び代がない」

学院長はきっぱりとそう言った。

伸び代がない、とは。

ド田舎の魔導師養成学校では、誰一人気がつかなかったことだった。

「キュレム君の方が、伸び代がある。あの子は金の卵、ダイヤモンドの原石だ。磨けば磨くほどに光る。だから、私が手元に置いてあの子を育てたいんだ」

人生で、初めてだった。

俺のことを褒めた人間は。

「そんな訳だから、キュレム君をイーニシュフェルト魔導学院にもらいたいんだけど…。良いかな?」

「え、あ…。はい…」

人選は、予想以上に予想外だったものの。

結局、うちの学校からイーニシュフェルト魔導学院の入学生が出るという名誉に変わりはない。

反対する理由はなかった。

こうして、兄ではなく、俺がイーニシュフェルト魔導学院に入学することが決まった。

このとき兄貴は、信じられない思いだったことだろう。

自分が選ばれることは予想していた。

自分が選ばれず、他の誰も選ばれないことも予想していた。

でも、自分が選ばれず、代わりに弟が選ばれる、なんて。

兄貴も、他の誰も…全く予想していなかった。