「…ねぇ、お嬢ちゃん。君、名前は?」

「え…?」

この人、今、名前。

私に、聞いた…?

「名前は何て言うのかな」

聞き間違いじゃない。やっぱり、私に聞いてる。

名前を聞かれるなんて、覚えている限り初めての経験だった。

誰も、「薄汚いアルデン人」の名前なんて、知ろうとする人はいなかったから。

「シュニィ…です」

孤児院出身の私に、名乗るべき名字はなかった。

それが、猛烈に恥ずかしかった。

しかし、学院長は気にしなかった。

「そっか。シュニィちゃん。ちょっと、もう一回やってくれないかな。今度は、本気で」

「…えっ」

「さっきみたいに手を抜かないで。本気でやってみて欲しい」

私は、愕然として学院長を見た。

今まで、私が手を抜いていることを見抜いた人なんて、誰一人いなかった。

教官達でさえ、全く気づいていなかったのに。

この人はたった一度、私の魔法を見ただけで、私が手を抜いていると見抜いた。

「…rhundet」

私は、初めて本気で魔法を使った。

その瞬間、私の杖から迸ったのは、訓練場を真っ二つに引き裂かんばかりの雷鳴であった。

その場にいた生徒達どころか、教官までもが思わず悲鳴をあげてしまうほどの。

私自身も、驚いていた。

自分にこんな魔法が使えるなんて、思ってもみなかった。

魔導師養成校に来たのは、魔導師になりたいからではなく、ただ孤児院から離れたかっただけだ。

だから、自分に才能があるなんて、考えもしなかったし…そもそも、どうでも良かった。

真っ黒に焼け焦げた訓練場の床を、私は呆然と見つめていた。

そんな私に、学院長が手を差し伸べた。

「シュニィちゃん。君には才能がある。是非…私のイーニシュフェルト魔導学院に来て欲しい。君は、誰より優れた魔導師になれる存在だ」

…私は、魔導師になりたい訳ではなかった。

自分が何かになれるなんて、考えたこともなかった。

だけど、私は彼に手を伸ばした。

おずおずと、躊躇いながら。

こんな汚い手を、掴む人がいるのだろうかと思いながら。

しかし。

学院長は、躊躇いなく私の手を掴んだ。