…成程ね。

彼女は嘘を言ってない。

つまり、本当に授業はあったのだ。

…彼女が、幻覚でも見ていない限りは。

俺はシルナさんが本当に危険思想の持ち主で、生徒に禁忌の魔法を教えたのだとしても、シルナさんの味方をするつもりだった。

俺を地獄から救い出してくれた命の恩人であることと、危険思想の持ち主であることに、何の関係がある?

「…Iさん。もう一つ聞いても良い?」

「吐月君、お願い。この話は誰にもしないでね。私が他言したって学院長やグラスフィア先生や、他のクラスメイトにバレたら、私、どうなるか…」

Iさんは、他言されることを過剰に恐れていた。

気持ちは分かるが…。

「大丈夫。誰にも言わない…。だから、もう一つ質問に答えてくれないかな」

「な、何…?」

「その授業が行われたのは、いつのこと?」

人は、激しい恐怖を経験した日時を、忘れない生き物だと言う。

俺だって、雪刃に取り憑かれたあの悪夢のような日のことは、未だに忘れられない。

そして、Iさんも。

「×月×日の放課後よ。放課後すぐ」

「…え?」

俺は、思わず目を丸くしてしまった。

…何だって?

「本当に…?本当に、その日付?」

「えぇ、間違いないわ。よく覚えてるもの…」

「…そんな、はず」

「…?どうして?」

どうしても何も。

「Iさん。×月×日の放課後は、一緒に訓練場で模擬戦をした日だ。覚えてないのか?」

俺は、ハッキリと覚えている。

あの日の午後の授業、実習の授業で、魔法を使った模擬戦の試験があった。

恒例のトーナメント形式で、俺は無事に優秀したのだが…確か、準決勝でIさんと当たったのだ。

そして放課後、Iさんは俺に「これから訓練に付き合ってくれないか」と誘ってくれた。

「今日の準決勝、もう少し出来ることがあったんじゃないかって、悔いが残ってるから」と、拝み込んできた。

俺はIさんに付き合って、放課後を返上して訓練場に入り浸った。

放課後丸々費やして、勝てはしなかったものの、最終的に俺から一本取ることが出来て、彼女は両手を上げて喜んでいた。

「俺様も覚えてるぞ!放課後いっぱい付き合ったじゃねぇか。あれ、試験の日だろ?」

ベルフェゴールも、俺の肩に留まってそう言った。

「え…?」

Iさんはぽかんとして、言葉を失っていた。

「…Iさん。学院長の授業を受けたのは、本当に×月×日の放課後?」

「え、えぇ。確かに…。あれ?でも吐月君と訓練…。え?私は学院長の授業を…。吐月君と…?」

迷子になった子供のように、Iさんは似たようなことを繰り返した。

自分自身、話が矛盾していることに気づいているのだ。

その日の放課後に授業を受けたのは事実。

同時に、その日の放課後に俺と模擬戦をしたのも事実。

どちらも両立させることは出来ない。

それなのに、彼女にとっては、どちらも真実なのだ。