「…あの」

「あ?」

この魔物の「食事」はもう終わりなのか?

そんなはずはないだろう。だって魔物なんだから…。

「他の…血は?…心臓は?」

「何だよ?他の血って」

「女の子の血…。それに、心臓を…食べるんじゃないのか?」

ベルフェゴールが先程啜ったのは、ほんの僅かな血液だ。

多分、コップ一杯ぶんもない。

貧血で頭がくらくらするようなこともない。

身体がこんなに小さいから、もしかしたらそんなには要らないのかもしれないけど…。

それにしたって少な過ぎる。

ベルフェゴールが最上位の魔物だというなら、もっとたくさん…生け贄が必要なんじゃないのか?

「女の血?心臓!?何でそんな不味そうなもん食べなきゃならないんだ?」

「えっ…」

そりゃ、俺にとっては不味いものだけど…。

でも魔物にとっては…美味しいものなのでは?

だってあれだけ、散々…。

「…あのなぁ、お前。前の能面野郎がクズだったから、基準がおかしくなってるんだろうけど」

ベルフェゴールは、気の毒そうに俺を見た。

「普通の魔物は、契約者の身体を乗っ取ったり、脅して人を殺させたりなんてしないんだからな?」

「え…」

「俺様がお前に求めるのは、魔力とお前の血だけ。魔力は…お前の身体と共有してるから困らないな。あとはたまに、さっきみたいに血をくれればそれで良い。基本的には、お前の意思に従ってやるよ」

「…」

「…おい。何だ、その鳩が豆鉄砲食らったような顔は」

俺にとっては、鳩が豆鉄砲、なんてものじゃなかった。

大砲を顔面に受けたくらいの衝撃だった。

だって魔物と言うのは…俺にとっては…。

いや…でも、もしそうだったとしても。

ベルフェゴールが、雪刃とは全然違う、優しい魔物だとしても。

「…俺には、生きてる価値がない」

「あ?」

「雪刃に脅されていたのは確かだけど…。でも、俺が殺したことには変わりない」

毎月のように、少女を殺した。

あれは雪刃に乗っ取られていたんじゃない。

紛れもなく、俺の意思だった。

俺の意思で少女を殺し、その生き血と心臓を俺が食らい、雪刃に捧げていた。

俺が、殺したのだ。

「そんな俺に…生きてる資格なんて…」

「…律儀な奴だな、お前」

律儀って…。

「…お前があの能面野郎に、何をされてきたのかは、一通り聞いたけどよ。別にお前、何も悪くないじゃん。能面野郎に脅されてなかったら、誰も殺さなかっただろ」

「だけど…」

脅されていたとはいえ…殺したことに変わりは…。

「あーっ、もう、面倒臭ぇ!良いか、俺様は何万年ぶりかに契約者を持ったんだ。新しい契約者が死にたがりの根暗なんて冗談じゃねぇ。四の五の言うな!」

「そ、そんなこと言われても…」

「なら、お前、何人殺した?今まで何人殺したんだ?」

俺が…今まで何人殺したか?

正確な人数なんて分からない。数え切れないくらい…。

「…たくさん殺した。数え切れないくらい…。多分、何万人も…。それ以上かもしれない」

それだけの人が俺を憎んでいるのだと思うと、やはり俺に生きる資格なんて…。

「だったら、殺した数以上の人間を、これから救え!今からお前は、俺様と一緒に、お前に殺された人間に恥じない生き方をするんだ!」

「…!」

「誰に後ろ指差されることもない人間に、俺様がしてやる!分かったか!過去を忘れろとは言わないが、でも前を向け!」

…殺された人間に、恥じない生き方を。