こんなこともあろうかと、準備しておいて良かった。

「魔物の召喚に使うのは…まず、これ」

「それ、昨日吐月からパクった…」

パクったって言わないでよ。

ちゃんと合意の上でもらいました。

小瓶に入れた、吐月君の血液である。

召喚の儀には、不可欠の代物だ。

「次に…これ」

「あ…?それは何?」

「昨日レティシアちゃんのところに行って、借りてきたんだ」

「レティシア…?シルナがロリコン拗らせてる子?」

「拗らせてないから。立派に王立図書館の司書さんしてるから!」

アポなしでいきなり訪ねたのに、快く迎えてくれた。

レティシアちゃんに頼んで、封印書庫からこの召喚魔導書を持ってきてもらった。

この魔導書は、通常、王立図書館の地下深くに封印され、人の手に渡ることはない。

妄りに魔物を喚び出せば、吐月君のような悲劇が起こりかねないから。

この手の魔導書を手にするには、国王の許可が…フユリ様の許可が要る。

私は昨日王宮を訪ね、フユリ様に直談判した。

助けなければならない者がいる。その為に、召喚魔導書を使わせて欲しい、と。

フユリ様は、多くを聞かなかった。

「分かりました、許可します」

彼女は一言、そう言っただけだった。

ただし、彼女の目が。

私を見つめるその目は、あなたを信じています、と言っていた。

私の信用を裏切ることはしないと信じています、と。

勿論、フユリ様の信用を裏切る気はない。

彼女が私を信じてくれているのだから、それに応えなくては。

「あと…これ。召喚に必要なもの、三つ目」

私は、一枚の紙切れを取り出した。

ただのぺらぺらな紙切れだが、これが大事なのだ。

「それは何だよ?」

「私がネットカフェでこっそり描いた、召喚魔法陣」

「ネカフェでそんなもん描いてたのかよ!」

私が、何もせずにネットカフェを満喫していたと思ったら、それは大きな間違いだ。

そりゃネットカフェも楽しんだけど、ちゃんとやるべきことはやっている。

「この三つを使って、魔物を召喚する」

「…出来るのか?」

「多分」

実は、やったことないんだけどね。

私、魔力量はともかく、魔物が憑きやすい体質ではないらしくて。

でも、今は四の五の言っていられない。

私は魔導書の手順に従って、魔法陣に吐月君の血を垂らした。

そして、強く魔力を込めながら魔導書に書かれてある呪文を唱えた。

私は魔物と契約が出来る器ではない。

だから、召喚が上手く行かない可能性はある。

だが…吐月君の…魔物が「好みな」血を触媒にすれば…。

すると。

突然、血を垂らした魔法陣が光り出した。

「…!?」

ポンッ、と音がして。

魔法陣の中から、目玉に黒い羽二枚生えたような異形の生き物が出てきた。

これだけ聞けば、なんとも勇ましい生き物のように思えるが。

体躯の大きさは、人の手のひらほどもない。

精々、みかんくらいの大きさである。

その姿は、まるで小さなコウモリ。

パタパタと音を立てる羽根が、なんとも可愛らし…いや、威厳に満ち溢れていた。

「…は?」

これには、羽久もポカン。

魔物と聞いたら…首が三つくらい生えたキメラや、雪刃みたく、悪鬼のような化け物を想像したのだろうが。

残念ながら、この魔物は違う。

「…!?こんな、蝿に毛が生えたような魔物が…雪刃の代わりを務められるのか!?」

挙げ句、この暴言である。

こらこら。

すると、蝿に毛が生えた呼ばわりされた魔物が、怒り始めた。