「…君、名前は?」

「…」

「偽名じゃなくて、本名は何て言うの?」

「…吐月(とげつ)」

彼は、ぽつりとそう呟いた。

吐月君。

「吐月・サーキュラス」

「そっか、吐月君か…」

そして、もう一人。

「君の中にいる化け物は?名前は何て言うの」

「…」

「…話して良いか分からない?でも、大丈夫。私達が、君を助けてあげるから」

「…」

吐月君の、この不安に満ちた表情。

彼にとっては、とても信じられないのだろう。

今まで彼は何度も期待し、信じて、そして裏切られてきた…。

誰も自分を助けることは出来ないのだと、そう思い込んでしまっている。

その気持ちは理解出来るが…。

「…よし、吐月君。君の人生でこれが最後だ。これ以降、君を助けるという人間の言葉は信じなくて良い。だから最後の一回、私を信じてくれないだろうか」

「最後の…一回?」

「そう、これで最後。最後に一回、私を信じて欲しい」

「…」

彼にとっては、それでも恐ろしいことなのだろう。

自分が信じたせいで、また誰かが死ぬことになったらと思うと。

そう簡単に信じられないのも無理はない。

だが、私も…そう簡単に死んでやるつもりはない。

「大丈夫。私こう見えてもそこそこ強いから。そう簡単にはやられないよ」

「…」

…駄目か。

信じてもらえな、

「…雪刃(ゆきば)」

「え?」

「俺の中にいる魔物の名前…」

「…」

…雪刃。成程。

それがこの子の中にいる化け物の名前か。

それを私に教えてくれるということは…。

…信じてくれるつもりになったのか。

絶望の縁で、それでも自分に向かって差し伸べられる手に、何とか希望を見出だそうとする、この子の健気さに…応えてあげなくては、と思った。

「その雪刃って奴がお前を脅してるのか。よし…シルナ、やるぞ」

今すぐにでもぶっ飛ばしてやる、とやる気満々な羽久。

私も、出来ることならそうしたいが…。

残念ながら、それは無理だ。

「いや、羽久。まずは一度ルーデュニアに帰ろう」

「はぁぁ!?舐めてんのかお前」

私に八つ当たりしないで。

「この状況でこいつを置いて帰るなんて、何考えてるんだ」

「帰るって言っても、一日二日くらいだよ。ちょっと準備をしないと、今すぐには無理だ」

「ちっ…」

激しく舌打ちをする羽久。

これは本格的に機嫌が悪い様子。

「そんな訳だから、吐月君。少しだけ待っててもらえるかな」

「…分かりました」

「大丈夫。必ず助けてあげるから…信じて待ってて」

「…」

吐月君は、不安げに頷いた。