午前中に、隠れ家を出て。

その日の夜には、俺は新しい住みかに到着していた。

とある住宅街の片隅にある、寂れた一軒家の一室。

そこが、今日から俺の家になった。

この家の主人は、家の近くの小さな工場で経営者をしている、中年の男性である。

俺はその人の記憶を少しだけ書き換えた。

そのおじさんにとって、俺は「高校に通う為に都会に出てきた甥」という設定にした。

おじさんの記憶を覗いてみたところ、おじさんには確かに兄弟がいたが、子供はいなかった。

つまり俺は、存在するはずのない甥、ということになる。

どうやらおじさんは兄弟とはもうすっかり疎遠らしいから、そう簡単に記憶の書き換えには気づかないだろう。

俺は他人のおじさんの甥として、この家に転がり込んだ。

何故親子としてではなく、単なる叔父と甥の関係にしたのか、と言うと。

これも、長年の経験則である。

以前は、適当な夫婦を選んで、その人達の息子として家に転がり込んだのだが。

親子にしてしまうと、人によって個人差はあるものの…干渉されて困る。

やれ成績を上げろとか、やれ塾に通えとか、やれ進路はどうするのかとか。

ちょっと帰りが遅くなれば、何処に行っていたのかとしつこく聞かれたり…。

親子だと、どうしても息子の素行や成績が気になって当然だ。

でも、俺としては…住みかとなる家が欲しいだけであって…家族ごっこをしたい訳ではない。

だから、叔父と甥にしたのだ。

そして、なるべく子供に興味のなさそうな…素っ気ない態度の人を選ぶ。

そうすれば、住みかを得られる上に、無駄に干渉されることもなく、自由にさせてもらえる。

今まで何度もそれで上手く行ったから、今回もそうしたのだ。

あとは、学校。

こちらの手続き、少し苦労した。

偽造した偽物の書類を作り、記憶の書き換えも駆使しながら、俺は来週から、電車で二駅ほど移動したところにある私立高校に編入学出来ることになった。

大変だったが、これで一安心だ。

「はぁ…」

新しい自室のベッドに横たわって、ぼんやりと天井を眺めた。

…何回やっても、慣れないなぁ。

人を騙して、魔法で無理矢理記憶を書き換えて。

いるべきでない学校に行って、普通の学生の振りをする。

仕方ないことだと分かっている。そうしなければ生きていけないのだから、こうするしかない。

色々考えて、色々試して、今があるのだ。

これが最適なのだ。こうするのが一番良いのだ。

「…だから、そう納得するしかないんだよ」

俺は、口に出して自分にそう言い聞かせた。

…人の心なんて、持っていない方が幸せ。

鬼の心になってしまえば良い。

人を殺しても、騙しても、全く動じない鬼の心になる。

それが一番幸せなのだ。

だからそうなろうと思って、たくさん頑張ってきた。

何も感じるな。苦しむな。悲しむな。

人の痛みに、鈍感になれ。

分かってる。それが出来れば、俺は幸せになる。

それなのに。

「…無理だなぁ…」

人の心なんて消えてしまったら、どんなにか楽だろう。