《8:00 チャンギ国際瞬間移動輸送場》


当然ながら国交断絶中のイタリィへ日本からは行けないので、一旦マレー半島の最南端――シンガポアへやってきた私たち。

獅子の都を意味するこの国の内政は極めて安定している。シンガポアに限らず周辺国も目覚ましい経済発展を遂げており、国民の不満もあまりないと見受けられる。

今回の戦争に東南アジア諸国はまず間違いなく参加しないだろう――被害が及ばない限りは。

そんなシンガポアにあるチャンギ国際瞬間移動輸送場は世界屈指の充実度を誇る。ここだけで1日過ごせるくらい遊べる施設が豊富なのだ。高く取られた天井の窓からは光が差し込んでいて明るい。

当然チェックは厳しいのだが、その辺は私の能力で強引に何とかしたし、万一疑われても一也がいる。

あとは私たちの順番が来るまで待つだけだ。


輸送場の椅子に座ってさっき買った水を飲んでいると、隣の泰久が聞いてくる。

「お前、朝はどこへ行っていたんだ?Aランク寮じゃないだろうな」
「Cランク寮へ行っていたようですよ」

泰久からの質問にあっさり答えたのは、私ではなく一也だった。

……何で知ってるんですかね。また見張りですか。

「泣いただろう」
「え」
「顔を見れば分かる」

おっかしーなー?鏡は何度か確認したし、いつも通りの顔してるはずなんだけど、何で泰久には分かっちゃうかなぁ?

「ちょっとねー。色々考えちゃって」
「色々?」
「好きになっちゃいけない人を好きになるってどんな気持ちなんだろうって」
「……」
「相手が同性だったり、血の繋がった相手だったり、人外だったりさ。この世には一般にはなかなか受け入れてもらえないような恋愛があるわけじゃん?でも何かを好きになるってそんなに悪いことなのかなーって」
「何を聞いた?」
「へ?」
「誰かに何か聞いたんだろう。――何を聞いた」

見上げた泰久が怖い顔をしていたのでちょっとびっくりした。

………?

「そ、そんな心配しないでよ。ほら、私涙脆いでしょ?大したことなくても泣いちゃうから!」
「……」

泰久は納得していないようだが、これ以上掘り下げられるのはまずい。話題を変えなければ、と思い、さっき入り口でロボットが配っていたマーライオン型クッキーを一也に渡した。

「……僕に、ですか?」
「うん、私はお腹空いてないし」
「泰久様に渡せばいいのでは?」
「このクッキー瞬間移動酔いを治す効果もあるらしいんだよ。一也ちょっと移動酔いしてるでしょ?あ、良かったら私の水も飲む?」
「…………」

驚いた顔で沈黙した一也は、その後私の顔に自分の顔を近付けた。

「……ねぇ、もう2人で行きません?イタリィへの入国に必要なのは僕とあなただけなのですし、泰久様は必要無いでしょう」
「お前、たまに俺に対して棘があるよな」
「まさかそんな。決して泰久様が邪魔だなんてそんなことは。いやいやまさかまさか」
「……」

一也は私からマーライオン型クッキーを受け取り、「気付いてくれてありがとうございます」とお礼を言ってきた。

一也は私が気付かないとでも思ってたのか……?

「何年知り合ってると思ってんの、体調の変化くらいすぐ分かるよ」

そう当然のことを言えば、「そういうこと言わないでくださいよ。本当に泰久様を置いていきたくなるでしょう?」と一也は冗談っぽく笑ったのだった。