占領軍がある程度出て行った後、戦争犯罪人として裁かれることのなかった残りの日本帝国軍の上層部は、戦争に負けた理由を1人の女性に押し付けた。
その女性はどうやら敵国の男と恋に落ち情報を漏らしてしまったらしく、彼らはそれが負けた原因だと言った。
“女という生き物は感情に流されやすい”なんていう男尊女卑とも取れる考えを理由に、超能力部隊は女性禁制となった。
そんな時起きたのが超能力部隊の高レベルエスパーソルジャーによる一般人女性への強姦事件。
「なぁ雪乃。僕は新しい制度を作ろうと思っている。超能力部隊にいる軍人のために、性欲処理のための女性を何人か入れるんだ」
被害を食い止めるのではなく、被害を受ける女性を一般人でなく軍が用意した相手にする――義父の考えそうなことだ、と雪乃は思った。
強姦事件で国民の軍隊への不満、高レベル能力者への不信感は高まっている。
2度とあんな事件を起こさせるわけにはいかないだろう。
「それでね、雪乃―――今はまだ無理にしても、2、3年後にはSランクの性欲処理係として君を入れようと思う」
雪乃は芳孝の表情を見てゾッとした。
―――面白がっている。
小雪はSランクの能力者であり、軍人になりたいとも言っていた。
(この人……わざと私を兄様と会わせようとしてる……?)
自分の小雪への気持ち――まだ恋と呼べるのかすら分からない、しかし確実に惹かれてはいるこの心境を、義父に知られている。
芳孝は人間の感情の変化にも敏感だ。誤魔化すことはできないだろう。
「……い、嫌です」
いつも従順な雪乃も、この時ばかりは珍しく芳孝に反抗した。
「だって、そんな……知らない相手と体を重ねるということでしょう?無理に決まっています……!」
「雪乃がいつもしていたことだよ。できるだろう」
芳孝に穏やかな口調でそう答えられ、雪乃はいつもとはわけが違うと怒鳴りたくなった。
雪乃にとって、よく知る芳孝に抱かれるのと一度も会ったことの無い相手に単なる性欲処理の道具として扱われるのとでは、随分違うのだ。
しかしそんなことを言っても芳孝に伝わる気がせず、雪乃は弱々しく別の質問をした。
「あなたはそれで……いいんですか?」
「うん?」
「私が…ッ、娘である私が、自分の知らないところで色んな男に抱かれてもいいんですか…!?義父様にとって私って、何なんですか……!?」
「らしくないね。そんな風に声を荒げるとは」
雪乃の反応は想定内なのか、芳孝は特に驚く素振りも見せない。
「勘違いしないでくれ。僕は別に、君がどうなろうと知ったことじゃない。気まぐれで預かり気まぐれで育て気まぐれに会いに来た。気まぐれに捨てるも自由だろう」
腐っても育ての親である男に言われた言葉は―――芳孝が最低な男であることはずっと前から分かっていたはずの、雪乃の心に酷い衝撃を与えた。
涙も出ない雪乃の肩を、芳孝がぽんと優しく叩く。
「何なら小雪くんに抱いてもらってはどうだ?別に構わないと思うよ。君に生殖機能が無いことは確認済みだ」
「……っ、」
「可哀相に、同情するよ。まともな恋愛もできないとは」
芳孝の言葉の1つ1つが、雪乃にある種の絶望感を与えた。
雪乃は芳孝の手で地獄に突き落とされた心地がした。
「……っ……きらい……」
「っはは」
雪乃が絞り出すように発した言葉が意外だったのか、芳孝は声を上げて笑った。
「初めてその言葉が聞けたね」
「嫌い、嫌い……っ!」
「僕が憎いかい」
「憎い……!」
「なら、殺してみてごらん」
「………、……え……?」
芳孝は立ち上がって雪乃に近付き、いつも以上に優しい声で殺人を促す。
「どんな手を使ってもいい。君の自由だ。僕を殺してごらん」
(―――この人は。一体何を言っているの)
当然ながら雪乃は動揺した。
「ほら、早く。―――義父さんの良い子なら、できるだろう?」
雪乃には意味が分からない。
芳孝が何を考えているのか分からない。
芳孝という人間が分からない。理解、できない。
「そ、んな……無理に、決まっているでしょう……?」
「どうして?君は僕が憎いんだろう?」
「に、憎い、けど、殺すのは違…、」
優しく、しかし逃がさない程度の力で、芳孝は雪乃の手首を掴んだ。
ひっと短く息を吸った雪乃は、怯える目で芳孝を見上げる。
芳孝はその表情を見てまた口元を歪ませた。
「人間の手は人を殺す力を持っている。雪乃のこの小さな手さえ例外ではない」
「……、」
「けれど君は殺せない。どんな強力な武器を持っていてもだ。何故だか分かるかい」
「………し、知らな…」
「僕を心から憎めないからだよ。……可哀相に」
くくっと喉を鳴らす芳孝のその言葉は、雪乃を惨めにさせる。
これから軍の施設に向かうのであろう軍服を着た芳孝は、「自殺はしないでくれよ?」と冗談っぽく笑って部屋を出て行った。
雪乃は芳孝が出て行った気配を背中で感じると、直後崩れ落ちるように床に座り込み、幼い子供のように声を上げて泣いた。
その声が誰かに届くことは無かった。