「うちは両親が共働きだから、帰宅したら洗濯物を畳んだり夕飯作りなど家事に追われていて忙しいんだ〜」

 ――翌日、藍と一緒の学校からの帰り道。
 私は再びみすずからのアドバイスを参考に動いた。

 家事が忙しくてデートをする暇がないと伝えれば、少しは私のことを諦めてくれるはず。
 推し活作戦は失敗したけど、家庭問題はさすがに納得してくれるだろう。
 すると、彼は小刻みにウンウンとうなずく。

「案外苦労してるんだな」
「そうなの! だから土日もほとんど時間が使えないというか」
「お前んちの親そんなに忙しいの? 週5で働いてたら普通2日くらいは休みがあるはずなのに」
「うっ……うん。う、うちの両親は趣味に時間を費やしてるから、よけい忙しいというか……」

 正直、両親は無趣味だ。
 その上、母は週3日16時上がりのパート勤務。
 つまり私が帰宅したら家にいる。
 ウソで塗り固めるのはよくないけど、最近藍に振り回されっぱなしということもあって少々疲れを感じていた。
 だから、たとえ期間限定恋人であっても一定の距離は保ちたい。

「そっか。じゃあ、俺が家事を手伝ってあげるよ!」

 と、思わぬ変化球が届く。
 それが困ってるから遠回しにお断りしているのに。

「いっ、いいよ、いいよ!! 藍も忙しいでしょ?」
「別に。なんも予定ないし」
「あっ、ほらっ! バイトとかしてるんじゃない?」
「してないよ。俺、料理得意だから夕飯作ってあげる」
「えええっ!! そんなことしなくていいって! 料理くらい自分でできるから」
「遠慮すんなって。決定! じゃあ、このままお前んち行こっか」
「そ、そんなぁ〜っっ! 本当にいいってばぁ!!」

 道中、何度も諦めるように説得を続けたが、彼は一歩も引かずに自宅までついてきた。
 当然母は自宅にいたので、「あら。あやかの彼氏? よかったらお茶でも飲んでいってね」と、家に通されることに。
 もちろんそこでウソが見抜かれる。

「お前んちの親、忙しいんじゃなかったっけ?」
「…………あっ、う、うん……えへ。ごめん」
「はい、ペナルティーね。おばさんがお茶を飲んでいってって言ってくれたから家上がるからな」
「はぁい……」

 やることなすこと全て裏目に出てる。
 むしろ何もしない方が損がないというか。

 私たちは部屋に移動すると、彼は部屋を見渡してぼそっとつぶやく。

「ふぅん……。推し活もウソだったか。あんなに激推ししていたユッタくんのグッズが部屋に一つも置いてないなんて」
「うっっ……。ごめんなさい」

 あれほど熱弁していた推し活だが、推しグッズが置かれていない状態を見た途端にウソがバレた。
 2日連続で立て続けにウソをついてしまったから、私への信用度が消えただろう。

 すると、彼は本棚から小学校の頃の卒業アルバムを引き出そうとしていたので、私は先に取り上げて胸に抱えた。

「他のものは見てもいいけど、卒業アルバムだけは絶対に見ないで!!」
「……どうして?」
「だ、だって……」
「だって?」
「恥ずかしいの。あの頃は、ふっ、太ってたし……」

 小学校高学年頃の体重は65キロを超えていた。
 そのせいであだ名は『横綱』。
 こんなひどいあだ名がつけられたせいで、好きな人からもからかわれる始末に。
 それがいまでもトラウマに。
 すると、彼は本棚に背中を向けている私の方に向かって両手で壁をドンッと叩きつけた。
 大きな音と共に私の体がビクッと揺れ動く。
 
「太ってたからなに? 俺は見た目であやかに惚れたわけじゃないよ」
「えっ」
「お前が太っていようが関係ないから。あやかはあやかなんだからさ」
「藍……」

 ”見た目”で苦労してきた分、この言葉に少し助けられて肩の力がすっと抜けた。
 いままでそう言ってくれる人が一人もいなかったから。

 すると、彼はその隙を狙って私のアルバムをひょいと取り上げた。

「隙ありっ」
「あっ! ズルい! アルバム返してよ〜っ!!」

 取り返そうと手を伸ばすが、願いも虚しく彼は高々とアルバムを持ち上げてパラパラとページを開く。

「何組だったの?」
「そんなの教えない!!」
「じゃあ、自分で探すからいい」
「探さなくっていいから!」

 私が右から手を伸ばすと彼は左によけて、左に手を伸ばすと右によけられる。
 身長差が20センチくらいあるから、届いてもせいぜい手首まで。
 その間、ずっと目でページを追われていて、私の抵抗はほとんど無意味に。

「うわぁ〜、あったあった! 『美坂あやか』。すげぇかわいい! 写真隠す必要ないじゃん」
「見たなぁ! こんな体型を誰にも見せたくなかったのに……」

 口を尖らせたままペタンと床に座ると、彼も床に腰をおろした。
 すると、彼はあるページに指をさす。

「ねぇ、どうして運動会の写真のあやかだけ赤白帽子を被ってないの?」
「あぁ、それね。赤白帽子をなくして困っていた子に自分のをあげたから」
「どうして?」
「楽しい行事なのに悲しい思い出に変わっちゃうのはかわいそうだなと思って。まぁ、自分にはこれくらいのことしかできないからね」

 えへへと苦笑いしながら言うと、彼は床に置いている私の手をぎゅっと握りしめてきた。

「ありがとう」
「えっ」
「俺と出会ってくれて。お前のそーゆー正義感、尊敬してる」

 彼は麗しい瞳でほほえみながらそう言う。
 昔から平凡でなに一つ取り柄のない私だけど、この時ばかりは自分という存在を認めてくれたように思えて少しむず痒い気持ちになった。

 しかし、それは嵐の前の静けさで、ある人の登場が予期せぬ事態を引き起こしていくなんて……。