――翌朝。
 私は昨日と同じくマンションから出ると、到着に気づいて近づいてきた藍の目が丸くなった。

「お……はよ。ど、どうしたの? その格好……」

 驚くのも無理はない。
 頭には男性アイドルグループ名MILKYの文字が入ったキャップ。首にはMILKYタオル。MILKYリストバンドに靴下。カバンにはMlLKYのユッタくんのステッカーを貼ってキーホルダーをつけるなど、全身MLKYグッズで固めてきたのだから。
 彼は上から下まで推しグッズで固めてきた私に言葉を失わせるばかり。

「じゃじゃーん! 実はいままで内緒にしてたけど推し活してるんだ」

 キーホルダーを印籠のように見せつけて言うが、彼は表情筋を一つたりとも動かさない。

「……おし、活? なにそれ?」
「もしかして、推し活を知らないの?」
「うん。知らない」

 10代では8割ほどの人が推し活をしているこのご時世に推し活自体を知らない人がいるなんて驚くしかない。

 実は昨日みすずにアドバイスをもらった。
 私の興味が他の男性に向いてることがわかれば、藍は私のことを諦めるのではないかと。
 だから、昨日学校帰りにみすずの家に寄ってMILKYグッズを借りてきた。
 
「推し活とは、自分のイチオシを応援する活動全般のこと! 休みの日はライブに行ったり、グッズを探しに行ったり、推しがドラマ撮影していた聖地に行ったりするの!」

 実はこれも全部みすず情報。
 聞いたものをそのまま伝えてるだけ。
 だから、これ以上突っ込まれると正直厳しい。

「……へぇ」
「とっ、とにかく! 私はMILKYのユッタくんが世界で一番好きなの。隠していてもしょうがないかなぁと思って身につけてきたよ」
「ふぅん。それが推し活かぁ。あやかはそのユッタくんって人が好きなんだ」
「そうそう! ユッタくんが世界で一番カッコいいの! 世界中の男全員がユッタくんでいて欲しいほど!」
「……」

 むふふ。
 その調子、その調子。
 全身MILKYグッズで固めて熱弁すれば、どんなに私のことが好きでも引くよね。

「こうやって、好きな人の写真やグッズを身につけることによって全面的に愛をさらすの。推しに人生の時間を注ぎ込んでこそ、幸せが得られるんだよ!」
「へぇ〜、推しに人生の時間を注ぎ込むと幸せが得られるんだ。それは凄い」

 本当は全身推しグッズを身にまとったまま学校に行くのは恥ずかしいけど、藍から離れてもらうにはこの作戦しかない。

 だが、学校に到着すると、少々やりすぎてしまったせいかクラスメイトどころか本校の生徒たちの目線が痛い。
 でも、この試練を乗り超えなければ、彼のラブ攻撃は更にエスカレートするだろう。


 ……と、都合の良い方に解釈していたが。
 翌朝、私の推し活騒動が原因で事態はとんでもない展開に。
 朝、マンションに迎えに現れた彼を見て言葉を失った。

「そっ……、それは……どうした……のかな……」

 それもそのはず。
 頭にはあやか帽子、体にはあやかTシャツ、首にはあやかタオル、手首にはあやかリストバンド、足元にはあやか靴下を装着しているのだから。
 もちろん、バッグにはどこで撮られたかわからない私の写真が挟み込まれているキーホルダーを光らせながら。

「俺も推し活することにしたよ。イチオシは一生あやかだし!」
「はぁぁぁあああ?!?!」
「推し活ってこれで合ってるよね? 昨晩業者に頼んであかやグッズを急ピッチで作ってもらったんだ。ほら見て。よくできてるだろ」
「ちょちょちょ、ちょっと待って!! 気は確か? イチオシとは、二次元キャラクターや三次元人物や人物以外のことを指し示しているのに、平々凡々の私を推してどうするのよ」
「……あれ? 意味違った?」
「当たり前でしょ!! とにかく、彼女の私を推してもしょうがなぁぁぁああい!!」

 だっ、誰かぁ……。
 彼に本当のことを教えてぇぇええ!!


 ――ところが、本当の悪夢はここから。
 校門付近から彼が着用しているあやかTシャツが目立ってしまったのか、ところどころと視線が突き刺さってくる。
 教室に入ると、

「自分の彼女の写真がプリントされてるTシャツなんてホットだね。あ、帽子まで。ラブラブじゃん」
「だろぉ。いま俺推し活中だから」
「お前やるなぁ〜。彼女の推し活って流行るんじゃね?」
「俺もそう思う。全面的に愛をさらさなきゃな、あやか!」
「あっ……。あ、うん……」

 生まれてから15年間の中で、今日ほど辛いと思った日はないだろう。

 くらくらと立ちくらみしながら席につくと、みすずが隣につく。

「石垣くんやるねぇ! あやかを諦めるどころか、まさか全身あやかづくしにしてくるなんて!」
「作戦がこんな簡単に失敗するなんて思わなかったよ」
「仕方ない。じゃあ、次は別の手段をやってみる?」
「別の手段とは?」

 みすずが先日と同じく口元に手を添えたので、私は左耳を近づけた。