「少し時間ある? 美坂さんと少し話がしたいんだけど……」

 ――月曜日の昼食後。
 一人で廊下を歩いていると、梶くんに声をかけられた。
 昼休みの残り時間は10分程度だったけどうんと頷く。
 以前は彼と目が合うだけでも緊張してたのに、いまは普通に話せている。
 きっと、藍に本調子を狂わされたせい。

 梶くんの背中を見たまま歩いていると、途中で坂巻くんと目が合う。
 思わず気まずくなって目線をおろした。
 よくわからないけど胸がちくりと痛む。


 ――そして、私たちは屋上へ。
 そこに人影はなく、空は雨雲に包まれていていまにも雨が降り出しそう。
 彼は屋上の中央辺りで足を止めると振り返った。

「あのさ、美坂さんは石垣のことが好きなの?」

 一体この質問は何度目だろう。
 きっと、藍への接し方がみんなにそう思わせてしまったのかもしれない。

「どうして?」
「二人が付き合い始めてから、美坂さんは石垣のテンションに引っ張られてるというか……。なんか石垣のことを好きなように思えなくて」
「……」
「……もしそうだとしたら、石垣と別れて俺と付き合ってくれないかな」
「えっ……」
「好きなんだ……。美坂さんのことが」

 彼は赤面しながら右手で後頭部を触ってうつむく。
 見る限り冗談ではなさそうな雰囲気に。
 そのせいもあって、吹き付ける風が左頬をサワサワと撫でてもなにも感じない。

 ウソ……。
 梶くんが、私のことを好き……?

 4月から梶くんに想いを寄せていて本来なら両手を上げて喜んでいるはずが、なぜか手がピクリとも動かない。
 この日を何度も何度も夢見ていたのに。
 黙り込んでから数秒たった頃。

 バアアアァァァアン…………。

 屋上扉が勢いよく開いた。
 音に反応して目を向けると、藍が私たちの方へ全力で走ってくる。
 彼は隣で足を止め、ハァハァと息を切らしながら私の手を握りしめた。

「あのさ。あやかになんの用なの? 勝手に連れて行かれると困るんだけど」

 坂巻くんを睨みつける藍の瞳。
 そして、痛いくらい私の手を強く握りしめてくる。

「どうして? 美坂さんはお前の所有物じゃない」
「でも、あやかは俺の女だから。用事があるなら俺も一緒に呼んでくれない?」
「石垣に用はない。俺は、もし美坂さんが石垣のことを好きじゃないなら別れて欲しいと思ってる」
「……っ」

 こんな展開になるなんて思いもしなかった。
 梶くんが好意を寄せてくれていることに驚いてるのに、藍と別れて欲しいと言うなんて……。

「はぁぁあ?? 無理に決まってんだろ。俺はあやかを大事にしてる」
「お前はそう思ってるかもしれないけど、もしかしたら美坂さんは別の考えを持ってるかもしれない」
「……」

 先日、藍の口から気持ちを引き出すような質問をされた時はウソをついていいと言われていた。
 でも、今回それを聞いてきたのは、あの日にラブレターを届けられなかった梶くん。 
 もしあの日にラブレターが本人の手元に届いていたら、私たちは間違いなく恋人になっていた。

「話になんねぇ。……ほら、あやか行くぞ!」
「ちょっと待てよ!! 話は終わってない!」
「あやかがどうこうって言うより、俺らが恋人でいることが全てだろ!」
「もしかしたら美坂さんが無理をしてるかもしれないから本人の口から答えを聞きたい」
「お前……いい加減に……」
「あのっっ!!」

 私は拳をぎゅっと固く結んだまま藍の言葉を遮るように叫んだ。
 すると、二人の目線は私の方へ。
 二つの目が重なる重圧感がなんとも苦しい。
 でも、私は答えを一つに固めている。

「梶くんの気持ちはすごく嬉しい。剣道している姿はすごくかっこよかったし、いつも気さくに話してくれるから」
「美坂さん……」
「あやか……」
「たしかに梶くんの言う通り、周りから見たら藍のテンションに引っ張られて無理をしてるように見えるかもしれないけど、それでも自分なりに精一杯向き合い続けてるの」
「……」
「これがいまの気持ち。だから、梶くんの気持ちに応えられません。ごめんなさい……」

 これが本音。
 多分、1か月前だったらまた別の返事になっていただろう。
 でも、期限付きであってもいまは藍の彼女だから正直な想いを伝えた。

 その間、6〜7秒ほどの沈黙が続く。

 すると、梶くんは口を閉ざしたまま私たちの元から離れて行った。
 私はグッと唇をかみしめたまま佇んでいると、藍は私の前に周る。

「あやか……。お前……」
「そんなに心配しなくていいよ。だって、私たち31日まで恋人でしょ」
「えっ」
「約束は必ず守るから、藍が心配することなんて一つもない。私は最後まで向き合うと決めたから」

 少しずつではあるけれど、私自身も答えを出すために歩み寄ってる。
 あの日、交際を続ける決意をしたのは自分だから。

「ははっ…………。俺、情けないよな。雷斗からお前が梶に連れ出されたと聞いた途端、気が狂ったようにここに向かってた」
「藍……」
「お前が梶に奪われたらどうしようって、そればかり考えてた。結局お前を信じる力が足りなかったんだろうな……」
「そんなことない。追いかけてきたことは彼氏として大正解だと思う。藍の気持ちがしっかり伝わったし」
「本当に?」
「うん、本当だよ」

 そこで藍はようやく安心したようにニコリと微笑む。
 でも、そんなに心配してくれたんだと思ったら胸がきゅっと傷んだ。


 ――私たちはもうすぐで”期限”を迎える。
 いまの段階でまだ答えは出ていないけど、残りの時間を使ってじっくり考えたい。
 その期限までに本物の答えを出すために……。