――ムシムシとした湿気を身にまとっている花火大会当日。
 私とみすずと坂巻くんの三人は、浴衣姿で18時に約束場所の駅に集まった。
 お互いの浴衣姿を褒め合い、場が和む。
 普段制服姿に見慣れてしまっているせいか目新しい浴衣は新鮮に感じている。

 そんな中、一つ気になることが。
 それは、藍が約束場所に現れないこと。

「藍、おっそいなぁ〜……。もーーっ、なにしてるんだろ」

 昼間にLINEした時は「行く」と返事があったのに、いまはメッセージが既読にならない上に電話が繋がらない。
 どうしたんだろう……。
 あんなに乗り気だったのに。

「もしかして、直前に体調不良になっちゃったのかなぁ」
「う〜ん……。どうなんだろう。また後で電話してみるよ」
「あいつ、昨日まで来る気満々だったのにな」

 このまま待っていても仕方ないので、先に川辺に出店している屋台をまわることに。
 本来ならみすずと坂巻くんを二人きりにしてあげるはずが、藍が来れなくなったこともあって予定が狂ってしまった。
 それだけじゃない。
 藍と付き合い始めてから一日中べったりくっついてきていたせいか、いま隣にいないのが少しばかし心細い。

 一方のみすずは、坂巻くんといっぱい喋れることが嬉しそうな様子。
 紺色の浴衣に水色の大きな花の髪飾りはショートカットの髪にとても似合っている。
 きっと、坂巻くんも同じ気持ちになってるはず。
 本当は二人きりにしてあげたかったよ。


 ――18時半になると、一発目の花火が上がった。

 ドオオオォォォォン……。
 心臓を突き抜けそうなくらい勢いのある花火の打ち上げ音に目線が奪われる。
 それと共に会場にいる観客は賑いを見せた。
 瞳に次々と映し出される打ち上げ花火は真っ暗闇な夜空を彩っていく。
 それを見ていたら、先日ひまりちゃんが言ってたことを思い出した。

『日本の花火って個性溢れていてきれいなんだよ。ぜひ一度楽しんでもらいたいなぁ〜と思って』
『……ごめん。実はその日、大事な用事があるの。……藍もね』

 やっぱり大事な用事があったのかな。
 もしそれが本当なら、最初から断ってたよね。
 それに、二人が共通している大事な用事ってなんだろう。


 思い詰めてる間にも花火は次々と上がっていく。
 坂巻くんと幸せそうに喋っているみすずの姿を隣で目にしながら……。

 私はカバンから再びスマホを出して藍に電話をかけた。
 トゥルルルル…… トゥルルルル……
 すると、5コール目でようやく繋がる。

 ガチャ……。
『あやか?』
「藍! ようやく電話に出てくれた。何度も連絡したのにつながらなかったけどなにかあった?」
『なんもないよ。連絡しなくてごめん……』

 と言いつつ元気のない声。
 スピーカーからは多数人の話し声が聞こえてくる。

「いま外なの?」
『……うん。急に花火大会行けなくなっちゃって。しかも、連絡できなくてごめん』
「連絡できなかったんだったら仕方ないよ。でも、残念。あんなに楽しみにしてたのにね」
『みんなと一緒に花火大会に行きたかった。……あ、もう行かなきゃ』
「わかった。……じゃあ、また月曜日。バイバイ」
『うん、バイバイ』

 ところが、通話を切ろうとして耳からスマホを離した瞬間、ボソッと小さな声が聞こえた。

『……会いたい』

 もし聞き間違いでなければそう言っていたはず。
 私は異変を感じて再びスマホを耳に当てた。

「藍! やっぱりなにかあったんじゃ……」
『なんでもないよ。バイバイ……』

 その後すぐに通話は切れた。
 会いたいという言葉が胸をつきさして純粋に花火を楽しむ気持ちが消えてしまう。
 それからみすずたちに別れを伝えて自宅へ戻った。


 部屋に着いてから浴衣を脱いでベッドにごろんと転がる。

「『会いたい』……かぁ。急にどうしたんだろう。花火大会だってあんなに楽しみにしてたのに……」

 藍のことを考えながらゴロゴロしていると、机の上のオルゴールが視界に入る。
 ベッドから起き上がってオルゴールを取ってゼンマイを巻くと、メロディが流れ始めた。
 私の気持ちとは対照的にゆったりとした曲が部屋の中を包み込む。

 ボーっとしながら聞いてると、ベッドに置いているスマホの着信音がワンコールだけ鳴った。
 スマホを取って着信元を確認すると、相手は藍。
 すかさず折り返し電話をかけたが、なぜか電源が切られている。

 やっぱり変だ。
 さっきは電話の声がおかしかったし、いまは電話をかけてくれたと思ったら繋がらなくなってるし。
 それに、「会いたい」って……。

 その言葉がやけにひっかかってしまったせいか、気付いたときにはスマホをカバンに突っ込んで家を飛び出していた。