――放課後の教室内。
 外を見たら雲行きが怪しかったのでスマホで天気予報を検索していたら、向かいに座っているひまりちゃんがなにかに気づいた。

「……あれ、あやかちゃんのスマホカバーの中のプリクラって、先日カラオケに行った時に撮ったやつ?」
「えへへ。実はお気に入りなんだ」
「藍とのプリクラじゃなくて、私たち三人の?」

 彼女は私の気持ちを疑い続けてるのか、先日と同様に探ってくる。
 でも、私は先日約束通りの対応をとる。

「うん! そうだよ。私には藍と同じくらい友達が大切だから」
「……そっか。あやかちゃんはあの日の思い出を大切にしてくれてるんだ」
「ひまりちゃんと初めて撮った記念のプリクラだから大切にしてる。友達の証だよ!」
「……」

 てっきり喜んでくれるかと思いきや、彼女の目線が左下へ。
 もしかして、オーストラリアではこーゆーのはタブーなのかな……などと考えていると、扉の方から「石垣くん、もう帰っちゃった? 困ったわねぇ……」と担任教師がつぶやいていた。
 私は首をひょいと伸ばして先生に聞く。

「先生、どうしたんですか?」
「これから出張に行かなきゃいけないから石垣くんに学級日誌を3時45分までに出してって言ったんだけど、忘れちゃったみたいね」
「藍の席にリュックが置いてあるからまだ学校のどこかにいると思います。私、探してきますね」
「そう? じゃあ、よろしくね」
「はぁい!」

 席を立ってひまりちゃんにバイバイをして教室を出る。
 だが、すれ違いざまに梶くんに声をかけられた。

「美坂っ!」
「えっ、なに?」
「あのさ、ちょっと話が……」
「ごめん! いま藍を探してて。……あっ、そうだ! 梶くんどこかで藍を見かけなかった?」
「あ、いや……」
「あいつ日直なのにさぼってどこ行ったのよ〜。……じゃあ、梶くん。またね!」
「う、うん……。また……」

 藍を探すことで頭がいっぱいになっていたせいで、梶くんがどうして呼び止めたのか考えもしなかった。
 つい数週間前までは、梶くんのことばかり考えていたのに……。 


 廊下にいる生徒たちの間を通り抜けて、屋上、保健室、校庭、渡り廊下、視聴覚室など、藍が行きそうな場所を見回ってみたけど見つからない。
 連絡した方が早いと思ってスカートのポケットからスマホを取り出すと、すぐ先の美術室の扉が5センチほど空いていた。

 そろりと中を覗いてみると、壁に立てかけてある全長1メートルほどのあじさいの絵の横で藍が腕組みしながら眠っている。
 ようやく発見してホッと一息つく。
 部屋の中に入って彼の目の前へ。

 声をかけようと思ったが、あじさいの絵と平和な寝顔を見ていたら声が喉の奥に押し戻された。
 なぜなら、ラブレターを入れ間違えたことをカミングアウトしたあの日のことを思い出していたから。

『なに言ってんの? 俺は別れないよ』
『えっ』
『無理。お前が好きだから』

『自信なんてないよ。ただ、別れるならもう少し俺のことを知ってからにして欲しい』

 まぶたの裏に色濃く描かれている私への想い。
 藍は毎日全力で想いをぶつけてきてくれているのに、私はまだなにもしていない……。
 ふがいない自分を思い返して拳をぎゅっと握っていると、藍の唇が動き始めた。 

「あやか……」

 声が届いた瞬間目を覚ましたかと思ったが、まだ目をつぶったまま。
 しかし、このタイミングで起こそうと思って彼の肩に手を触れようとするが、

「好きだ」

 その言葉が私の手を引き止めた。

「藍……」
「昔から……ずっと、ずっと……。あやかのことが…………」

 私たちが知り合ったのは高校に入学してから。
 だから、”昔から”と言われても……。
 もしかして、昔どこかで会ったのかな。
 全然記憶にないや。


 彼があまりにも気持ちよさそうに眠っていたので、手を引っ込めて扉の方に向かった。
 だが、そう思ったのもつかの間。
 足元に置いてある絵画につまずく。

 ガタン!!

 し、しまった……。
 大きな音を立ててしまうなんて。
 恐る恐る振り返ると、藍はその音で目を覚ましたようでゴシゴシと目をこすっている。

「……あれ、あやか? こんなところでなにやってんの?」
「あ、えっと……。藍を探しに来たんだよ」

 の割には背中を向けているというなんとも矛盾した返答に。

「じゃあなんで起こさないんだよ。本当は寝込みを襲いに来たんだろ」
「はぁ? そんなわけないでしょ。ほら、教室に戻るよ。私は担任から学級日誌を持ってきてと伝言を頼まれただけだから」
「やっべ! 日直だったことをすっかり忘れてた」

 彼が腰を上げたので一緒に美術室を出ようと思ったが、廊下から「あやかが……」みたいな噂話が聞こえてきた。
 すかさず扉の裏に隠れてしゃがむ。
 彼は正面から「どしたの?」と聞いてきたが、私は人差し指を唇に当てる。

「同じ中学校の子に聞いたんだけどさぁ。あやかって去年までめっちゃ太ってたらしいよ。あだ名が横綱だって」
「うっそ! 面影がないから意外」
「だよね〜。どうやら太り過ぎが原因でフラれたらしいよ」
「石垣がそれを知ったらなんて思うかな」
「くすくすくす……」

 彼女たちの声が段々遠のいていく。
 私はうつむいていると、藍は隣に腰を下ろして心配そうに顔を覗き込んでくる。

「これでわかったでしょ。太ってた過去を隠したかった理由が。でも、同中出身の子が多いからどうしても噂になっちゃうんだよね」

 苦笑いしながら言うと、彼は大きな手のひらで私の頭をなでた。

「辛かったんだよね。……でも、あれは嫌味じゃなくて、あやかが痩せてキレイになって羨ましいから言ったんだと思うよ」
「えっ」
「妬んでいるのはお前の努力。人はさ、羨ましいって思わないと悪口を言わない生き物だから」
「藍……」
「お前が頑張り屋なのはよく知ってるし、すげぇカッコいいと思う。俺はそんなところが好きだから、ネガティブな気持ちは捨てて切り替えていこうぜ」

 彼は最後にニカっと太陽のような笑顔。
 私はそれを見た途端、突っかえてたものがスッと楽になる。

「じゃ、行きますか!」

 彼が立ち上がってから美術室を出ていこうとしていたので、私はすかさず彼のポロシャツの裾を掴んだ。

「あの……さ……」
「ん?」
「ありがとう。いままで私の気持ちを理解してくれた人はいなかったから。そーゆー優しさ救われる」

 さっきの話を一人きりの時に聞いてたらひどく落ち込んでいただろう。
 でも、藍が隣で励ましてくれたから私は前向きな気持ちに。
 すると、藍は顔を真っ赤にしながら目の前に手を差し出してきた。

「じゃあ……、お礼に手ぇつないでくれる?」
「えっ、手??」
「本当はハグしたかったけど、こっちから手ぇ出しちゃいけないんだろ。もちろん、嫌なら無理しなくてもいいけど」

 それがあまりにも小さな催促だったから思わずプッと吹きだす。

「手をつなぐくらいならいいよ」
「よっしゃああああ!!!!」
「あははっ。手をつなぐくらいでそんなに喜ぶ?」
「俺たちの関係が大前進した証拠だろ。今日手をつないだってことは、明日にはチューしてるかもしれないし」
「……それ、絶対にないから」

 心の目を開いてみたら、少しずつ見えてきた彼のいいところ。
 こうやって無理せず少しずつ寄り添ってみよう。
 答えを出すその日まで……。