クラクラする…
誰かの膝の上で髪を撫でられている…？
気持ち…いい…な…

それからしばらくして、「おい、おい、起きろ…」という声がした。
クラクラも無くなり、私は目を覚ました。

「全くいつまで人の膝によだれ垂らして寝てる気だ…？」

彼は呆れ果てた様子で言った。

私は多少ぼーっとしていたが、それを聞いて慌てて起き上がった。

「ご、ご、ごめんなさい！」

「いや、いい…
橘！」

彼は運転席の男性に話しかけた。

「はい、志道(しどう)様。」

「とりあえずは予定通り料亭に寄ってくれ。
腹が減った。
アンタは？」

「はっ…！
私は、いえ…そんな…！」

と言ったところで盛大に私のお腹が鳴った。

「ふんっ…
2人分と伝えといてくれ。」

その男性は鼻で笑うとそう言った。

「かしこまりました。
志道様。」

お名前は志道さんとおっしゃるのかな？
下の名前よね？

「俺は風早志道(かざはやしどう)だ。
あんた、名前は？」

「あっ、夏野初花(なつのういか)です…
この度は危ないところを助けていただいてありがとうございました…
あの…」

私は言う。

「詳しい事は中で聞く。
料亭に着いたぞ。」

風早さんは橘さんがドアを開けるのを待ち、私の手を取り車から下ろしてくれた。

わぁ…
お金持ちの人って仕草も優雅なんだ…

そんなどうでも良い事を思いながら、飛石の上を料亭の入り口に向かって歩いた。
見た事も無いような立派な料亭である。
入り口には立派な生け花が飾ってあった。

風早さんが入ると、女将さんがすぐに出て来て、奥の個室へ案内した。

私は靴を脱いで畳の間に上がった。

「まず、どうして君はヤクザに追われていたんだ？」

「はい…
それが…
中学時代からの親友がどうしてもと頼むので、借金の連帯保証人に…
信じてたのに…
友達は夜逃げしました。」

私は言った。
今考えても裏切られた気持ちでいっぱいだった。

「なるほど。
それでか。」

風早さんは納得したように言った。

その時、料理が運ばれ始めた。

魚の活き造りは見た事無いくらい大きくて、鍋やら、お肉やら、茶碗蒸しやら…
こんなに食べる事が出来るのだろうか…？

「とりあえず食え。
あんた、細すぎるぞ。」

「は、はい。
い、いただきます…！」

私は鯛のお刺身を口にする。　
甘いっ！
スーパーのと全然違う！

「それで、食べながらで良いが…
俺は慈善事業をやってる訳じゃ無い。」

風早さんが日本酒を飲みながら、言う。

「はい…」

分かっている。
私の処女はこの人に買われたのだ。

「まぁ、抱いてもいいが…」

風早さんは言葉を濁す。

その時…

「ん？」　

私はその部屋の透明な花瓶にベニヒガンザクラが１枝挿して飾ってあるのを見た。

「あぁ、あの桜か。
良いだろう？
シンプルで、美しくて、華道の良さを感じる。」

風早さんは言うが…

「えぇ、でも、もうひと捻りあっても良いのかも…？」

「なんだと？
どう言う意味だ？」

風早さんの目が鋭くなった気がした。

「ちょ、ちょっと待ってて下さい！」

私は玄関の生け花からリリオペという葉を取ると、個室に上がった。

「これを、こう輪っかにしてベニヒガンザクラに飾ったら…
ねっ？
もっと良いと思いませんか！？」

私は笑顔でそう言った。

「ふ…む…」

風早さんはしばらく花を凝視した。